研究領域 | 遺伝子制御の基盤となるクロマチンポテンシャル |
研究課題/領域番号 |
19H05268
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
岩崎 由香 慶應義塾大学, 医学部(信濃町), 講師 (80612647)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 非コードRNA / ゲノム高次構造 / ヘテロクロマチン / 転写制御 / エピゲノム制御 |
研究実績の概要 |
小分子非コードRNAの1種であるpiRNAは、生殖組織特異的に発現するPiwiタンパク質と複合体を形成し、個体発生や生命の次世代継承にとって重大な脅威となるトランスポゾンの転写抑制を行う。piRNAによるトランスポゾンの制御が正常に働かない個体は、不妊の表現型を示すことが哺乳類を含む幅広い生物種で報告されている。これまでの研究から、piRNAによるトランスポゾンの転写抑制が、ヒストン修飾やクロマチン凝集状態の変化を介したヘテロクロマチン形成によるものであることを明らかにしてきた。これらを踏まえ、piRNAはゲノムの三次元構造やクロマチンの核内配置の制御を介したクロマチンポテンシャルの変化によってその機能を発揮する可能性を着想した。本研究では、piRNAが形成するクロマチン状態の包括的な解析と関連因子のスクリーニング、並びに個々の因子の詳細な機能解析により、piRNAによるクロマチンポテンシャルと遺伝子発現の制御メカニズムを明らかにすることを目指す。本年度の研究実績としては、Piwi-piRNAによるトランスポゾン抑制の機能複合体Piwi-Panx(Panoramix)-Nxf2(Nuclear RNA export factor 2)-p15複合体を同定し、これがPolIIを制御した後にヘテロクロマチンを形成するまでの時系列変化を明らかにした。さらに、PiwiおよびNxf2のノックダウン条件下でHi-C、ChIP-seq、DamID-seqなどのエピゲノム解析を行うことで、Piwi-piRNAによるトランスポゾン抑制が引き起こす核内構造変化を同定した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
RNA核外輸送タンパク質ファミリー因子Nxf2とそのコファクターp15が、実はそのドメイン構造等から予想される機能である核外輸送ではなく、piRNAによるトランスポゾンの転写抑制に寄与することを見出した。具体的には、Nxf2-p15はPiwiおよび既知のpiRNA関連因子Panxと複合体を形成し、そのRNA結合能によりPiwiと標的トランスポゾン転写産物を安定的に結合させることでトランスポゾンの発現抑制を担う。さらに、Nxf2を人工的にレポーター遺伝子にテザリングする実験系を用いた解析により、Nxf2による標的遺伝子の転写抑制からH3K9me3修飾やH1結合といったクロマチン状態の変化が起こるまでにはタイムラグがあることを示した。これらの結果から、Piwi-piRNAはNxf2を介して標的トランスポゾンの転写を抑制した後に、ヒストン修飾等により抑制状態を維持するという新たな制御モデルを提唱した。 クロマチンプロテオーム解析を用いてPiwiノックダウン条件下でクロマチン結合が減少するタンパク質をスクリーニングした結果、Laminタンパク質が同定された。これを検証するため、DamID法を用いたLamin結合ゲノム領域の網羅的解析を行った結果、piRNA標的トランスポゾン領域の核内局在がPiwi並びにNxf2依存的に変動することを明らかにした。Piwi-piRNAによるトランスポゾン抑制がゲノムワイドにクロマチン状態やゲノム三次元構造に影響を及ぼす可能性を検討するために、Piwiノックダウン条件下のショウジョウバエ培養細胞を用いてHi-C解析を行った。その結果、Piwiの発現抑制に伴い、piRNA標的トランスポゾンコード領域を中心としたゲノム高次構造の変化を同定した。これらの結果から、Piwi-piRNAは局所的な標的トランスポゾンの抑制に止まらず、ゲノムの高次構造変化を誘導することで、エピゲノム状態と遺伝子発現を制御していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は、Piwi-piRNAがPolIIの制御からヘテロクロマチンを形成するために必須な複合体を同定するとともに、エピゲノム解析を用いてPiwiが誘導する核内構造変化を明らかにした。今後は同定した因子それぞれについて詳細な解析をすすめ、各因子のどのような機能が組み合わさることで観察されている核内構造変化に繋がるか明らかにしていきたい。とくに時系列でどういった制御が起こるか、因子間のヒエラルキーと各ステップの素過程に着目して進めたい。
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