細胞分化現象の離散性や不可逆性といった特徴は細胞種や生物種を超えて普遍的に観察されているが、その物理的要因はいまだ謎につつまれている。本研究では、クロマチンの構造変化の物理的性質そのものが細胞分化現象の離散性・不可逆性と密接関わっている可能性を検証すべく、統計物理学によるモデル研究とデータ解析の研究(目的1)と、培養細胞実験を用いた分化実験を行ってきた(目的2)。
目的1に関してはわれわれは、クロマチン構造変化の理論モデルを元に、有限サイズでコンパートメント変化がとどまる原理について調べてきた。特に今年度は、Hi-Cデータに加えて、TSA-seqやDNA-seq FISHといったクロマチン構造に関する新しいデータについて解析を行った。その結果、アクティブなコンパートメント領域が維持されるメカニズムに関して示唆を得たため、それを取り込んだ分子動力学シミュレーションを行うとともに、生きた細胞の実験系においてコンパートメント形成・維持メカニズムをテストする方法を考案した。
目的2に関しては、レチノイン酸によって不可逆的にneutrophil様細胞に分化を誘導することのできる培養細胞系を用いて(HL60)、運命決定の瞬間とコンパートメント変化の間の相関を調べる実験系を行った。特に今年度は、一様な細胞集団から分化集団と未分化集団が現れる過程をすべてライブイメージングする顕微鏡観察系を作ることに成功し、数千細胞の系統樹と最終的な分化結果が対応するデータを得た。また、細胞内で複数のヒストン一分子をイメージングする系を立ち上げ、細胞周期・分化進行に依存して核内動態がどのように変化するのかを直接測ることもできるようになった。
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