作話とは,「実際には体験していないことを,あたかもあったかのように話す現象」のことであり,一部の健忘症患者においてしばしば観察される.しかし,健忘があるからと言って必ずしも作話症状が生起するわけではなく,作話がどのような障害機序を有しているのかについては,明らかになっていない点も多い.本研究では,作話を「自伝的記憶を基盤として,過去から現在へと至る時間軸の中に自己を適切に定位する」ことの障害としてとらえ,その脳内機構を健常若年成人を対象とするfMRI研究と脳損傷患者に対する行動学的研究から明らかにすることを目的とした.
健常若年成人を対象とした脳機能画像研究では,エピソード記憶における時間と空間に関する文脈情報は,それぞれ異なる神経メカニズムによって表現されていることが示され,空間に関する文脈情報は後頭葉から下側頭葉皮質における神経活動パターンによって表象される知覚形態の情報を基盤としている一方で,時間に関する文脈情報はこれらの領域の神経活動のパターンによっては表象されず,角回に関連する概念的な情報として処理されていることが示唆された.この成果は,2021年3月にオンラインで開催されるCognitive Neuroscience Societyのバーチャルミーティングにて発表される予定である.
神経疾患症例に関する研究では,びまん性軸索損傷患者における自伝的記憶と未来思考に関する検証が行われた.その結果,びまん性軸索損傷患者では未来に関する思考能力が低下おり,さらにその鮮明度も低下していることが示され,白質線維連絡のびまん性の損傷によって,デフォルトモードネットワークや前頭頭頂ネットワークなどの大規模脳機能ネットワークの機能が低下することと未来思考の障害が関連していることが示唆された.この成果は,2021年度に開催される国際神経心理学会にて発表される予定である.
|