本研究課題の趣旨は、生体分子機械であるタンパク質輸送装置が、その内部でどのように前駆体タンパク質を輸送しているのか、その動作機序を理解することにある。グラム陰性細菌Serratia marcescensの持つI型タンパク質輸送装置(T1SS)をモデルに、本年度は、(1)タンパク質輸送装置を構成するサブユニット(LipB、LipC、LipD)の単体ならびに複合体の構造機能解析、(2)タンパク質分泌能をリアルタイムで測定するための人工蛍光分子プローブの開発に取り組んだ。 (1)について、LipBの膜貫通領域を含めた状態での高純度タンパク質精製に成功し、さらに、結晶化条件の最適化にも至った。膜貫通二量体としてのモデル構造から、LipBの構造内部にある正電荷クラスターと、前駆体タンパク質に特徴的な負電荷アミノ酸領域との静電的相互作用が、効率的な輸送の原動力となっていることが示唆された。LipDについては、これまで用いてきたBL21(DE3)株やC43(DE3)株の大腸菌ではタンパク質発現効率が低かったため、TolC欠損株を導入し、安定的なタンパク質精製ができるようになった。今後は、LipDの構造解析、LipB-LipC-LipD複合体の構造解析、さらに、前駆体タンパク質をその内部に含んだ状態での複合体の構造解析を進め、タンパク質輸送装置の動作機序についてさらに精緻な知見を得たいと考えている。 (2)について、赤色蛍光タンパク質(mRFP)のタンパク質工学によって、分泌される前の細胞内ではアンフォールディング状態を維持して蛍光を発さず、一方で、分泌された後には直ちにフォールディングが起こって蛍光を発する、新たな人工蛍光分子プローブの開発に成功した。当該プローブを活用することで、今後、タンパク質輸送装置のin vivoでの定量的な機能解析や、進化工学による高機能化が容易になると期待できる。
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