腫瘍組織は特殊な微小環境が整備されており、がん細胞によって教育された間質細胞が腫瘍進展に有利に作用する。しかしながら、がん細胞が基底膜を通過し間質内へと浸潤したとき、すなわちがん細胞が正常間質細胞と初めて接触した際にどのような相互作用が生じるかはよく分かっていない。研究代表者らのこれまでのマウスを用いた研究結果より、正常間質組織は本来抗腫瘍的な場であり、Ras単独変異など比較的悪性度の低い変異細胞は排除されるのに対し、APC/Ras二重変異など悪性度の高い細胞は「シンギュラリティ細胞」として、正常間質からがん間質へと臨界現象をもたらすことを示唆する結果が得られていた。そこで、悪性度の異なるがん細胞と正常間質細胞、具体的には正常線維芽細胞との間でどのような細胞間相互作用を解析した。その結果、RasV12単独変異細胞を正常線維芽細胞と共培養した際、線維芽細胞と接触したRasV12細胞では、細胞内に液胞が蓄積し、細胞が肥大化した。一方、線維芽細胞に接触していないRasV12細胞ではこのような事象は観察されなかった。さらに、タイムラプス解析より、線維芽細胞と隣接し液胞化したRasV12細胞は高頻度に細胞死することが分かった。一方、β-catΔN/RasV12細胞を正常線維芽線維芽細胞と共培養した場合、単独培養時と同様の細胞増殖率、生存率を示した。これらの結果より、正常線維芽細胞はRasV12単独変異など悪性度の低い細胞に対しては、物理的に作用することにより変異細胞の増生を抑制する機能を有するが、Ras変異にβ-cateninの活性化変異をさらに負荷し悪性度が憎悪すると、この抑制効果が干渉されることが示唆された。
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