コミュニケーションで「ここまでは近づいて良い」という距離はパーソナルスペースと呼ばれるが,この定量的な評価方法は無 い.本研究では,社会的な場において他者の存在により受ける「力」として,パーソナルスペースを定量的に評価する方法を開発することを目的とした.COVD-19により,当初計画どおりの数十センチの距離で相対する状況の実験は依然として不可能であった.そこで過去に取得した未公刊データを利用しつつ,研究を進めた.(1)対面起立状態に視覚的注意の向きが与える影響の検討:パーソナルスペースは、他者が自分に対する働きかけの意図なく存在する場合(例:道で横を通り過ぎる)と、何らかの意図を持って存在する場合(例:目を合わせて近づいてくる)によって異なることが予想される.すなわち,他者の意図を感じる場合には,そうでない場合と比較して,さらにのけぞる(距離を取る)ことが予想される.実験参加者の立ち方を,視線を合わせて相手に注意を向けて起立する他者条件と、注意を相手に向けるが視線は周辺視野に提示される視覚刺激に向けるディスプレイ条件とで比較した.解析の結果,パートナーの視線が向いている場合にのけぞる距離が増加していた.ただしその量は,自分がパートナーに注意を向けない場合には,減少した.これは,他者との距離調整は自動的におこなわれるものではなく、他者からの意図,そして自分が他者と関わる意図の相互作用によって変動していることを示唆する.(2)倒立振子としてのモデル化:Simulinkを用いたシミュレーションにより,二者で対面して起立する際の他者との距離調整をモデル化した.その結果,当初想定していたようなパートナーから受ける社会的な力だけではなく,自分がパートナーに関わる意図により,自分の身体ののけぞりにくさが変動するという仮定も加えることで,実験結果の説明が可能となることが示された.
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