研究領域 | 次世代物質探索のための離散幾何学 |
研究課題/領域番号 |
20H04630
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
桂 法称 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 准教授 (80534594)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | SPT相 / 平坦バンド / Bose-Hubbard模型 / 開放量子系 / GKSL方程式 / トポロジカル不変量 |
研究実績の概要 |
当該年度の主な結果として、以下の2つに関するものが挙げられる。(1)スピン自由度をもつ遍歴ボゾン系における対称性に保護されたトポロジカル相(SPT相)、(2)散逸のある強相関系のトポロジカルな特徴づけ。
(1)SPT相に関する先行研究は電子系や量子スピン系に関するものが主で、スピン自由度をもつ遍歴ボゾン系に関するものはあまりない。一方で、冷却原子系では、むしろそのような設定は標準的である。このギャップを埋めるため、スピノールBose-Hubbard 模型の範囲内で、種々のボゾンの SPT 相を実現できることを理論的に提案した。鍵となるのは、一粒子ハミルトニアンが平坦バンドと呼ばれる縮退した基底状態をもつ点である。この性質を用いて様々な数学的に厳密な結果を導出した。また1次元系については、可解な場合からずれた状況についても、摂動論や数値計算により解析し、SPT 相の安定性を議論した。 (2)散逸のある開放量子系の有効的な記述やトポロジカルな性質の議論に、非エルミートなハミルトニアンが用いられることが多い。しかし、これはGorini-Kossakowski-Sudarshan-Lindblad (GKSL)方程式と呼ばれるマスター方程式の一部の項を落としたものになっている。当該年度、GKSL方程式の時間発展演算子の固有モード自体に対して、そのトポロジカル不変量を直接定義する方法を提案した。この量は、散逸がロスのみ、あるいはゲインのみの場合には、対応する非エルミートな系に対して定義されるChern数に帰着する。この新たに導入された不変量の有用性を、二体の粒子ロスのある分数量子ホール系に適用して数値的に実証した。
この他にも、SU(N)引力Hubbard模型におけるマヨラナ鏡映正値性などについての研究を行った。また、マグノン系のバンドトポロジーに関する総説論文を執筆した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究開始当初の2つの大きなテーマは、1. 磁性体における新奇トポロジカル相の開拓、2. 量子スピン鎖・冷却原子系における対称性に保護されたトポロジカル(SPT) 相、である。当該年度は特に2について一定の進展があった。また、公募班の吉田恒也氏との共同研究により、開放量子系の時間発展演算子の固有モードに対して、直接トポロジカル不変量を定義できるという進展があった。この成果は、出版から間もないが既に一定数の引用がある。
テーマ2については、研究協力者の学生らと研究を進め、まとまった成果が出たと考えている。平坦バンド系を考える必要がある点はやや人工的だが、それでもスピノールBose-Hubbard模型の範囲内で様々なSPT相の実現が考えられる点は魅力的であると言えるだろう。また可解な1次元の場合については、遍歴ボゾン系であるにもかかわらず基底状態が行列積状態でコンパクトに書ける点を明らかにした。この点も理論的な観点から興味深い。開放量子系を記述するGKSL方程式の固有モードに関して直接トポロジカル不変量を定義した研究は、ある種の散逸に対しては、従来用いられてきた非エルミートハミルトニアンによる記述の正当性を保証するものである。また、多体系に対しても適用できることから、今後の研究の展開が期待される。
一方、テーマ1については、マグノン系のバンドトポロジーに関する総説論文を書いたものの、研究内容自体については、当初想定していたほどの具体的な進展がなかった。これらを総合して (2) おおむね順調に進展している、と判断する。
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今後の研究の推進方策 |
今後は次の2つのテーマに関する研究を遂行する。1. 非エルミート系・散逸系のトポロジカルな特徴付け、2. 量子スピン鎖・冷却原子系における対称性に保護されたトポロジカル(SPT)相と非従来型の秩序。
テーマ1については、非エルミートな系のトポロジカル相のBerry位相による特徴付けに関する研究を行う。非エルミート系のトポロジカル相の先行研究は、相互作用のない系に関するものが主である。そのような研究を相互作用系に拡張するための最初のステップとして、量子化Berry位相に着目する。具体的には、どのような条件下でBerry位相が量子化するかを明らかにし、量子スピン鎖や強相関電子系などの具体的な系で実証する。また、散逸系についても、当該年度に行った研究のボゾン系への拡張や、乱れにより並進対称性のない系への適用などを議論する。 テーマ2については、まず、非局所的なユニタリー変換の下で自己双対な量子スピン鎖のモデルに関する研究を行う。1次元横磁場模型などの単純な系では、自己双対な場合は臨界的であることが知られている。本研究では、スピン1の量子スピン鎖を考え、SPT相とその双対を内挿した、より複雑なクラスのモデルを構築し、それらの性質を数値対角化や共形場理論・厳密解などの手法を用いて詳しく調べる。また冷却原子系を念頭に、Hubbard型の模型のエネルギー固有状態についての研究を行う。特に非従来型の非対角長距離秩序を持つ固有状態がないかを探索する。
この他、2020年度に計画していたものの、思うように進まなかった内容についても再検討して研究を進める。
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備考 |
研究室のホームページにて、発表論文や講演資料の情報を公開している。
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