分子夾雑環境下においては、タンパク質の安定性や動的構造が希薄溶液とは異なることが知られる。これは薬剤-標的タンパク質複合体に対しても同様と期待されるが、細胞内において、動的相互作用解析を原子レベルで行った例は極めて少ない。本研究においては、細胞内NMR観測の実績のあるFK506とFKBPとの相互作用を取り上げ、細胞内夾雑環境がFKBPやFK506-FKBP複合体の運動性に与える影響を解析した。複合体形成時のFKBPのメチル基の運動性を、FCT法を用いて観測した結果、希薄溶液条件と比較して、細胞内では結合面における一部の側鎖の運動が顕著に抑制されていることを見出した。これは、溶媒排除効果により、より小さい体積を持つ、パッキングの良い状態が安定化される結果と考えられる。さらに、細胞ライセートを用いた同様の実験を行ったところ、複合体形成時の細胞内運動性の変化を十分に再現できないが、非結合状態においては、多様な相手との弱い作用により結合部位の運動性が増大していた。このことは、結合時の運動性低下と相まって、分子夾雑環境が構造エントロピー的には複合体形成に不利な影響を与えることを示している。また、BSA夾雑下でのFK506結合時のメチル基運動性は細胞内における運動性とよく相関したことから、体積排除効果が細胞内における構造エントロピーに影響を与えうる要素の一つであることが示唆された。しかし、BSAは結合面に入り込むことはできないため、このような分子量が大きい単独のクラウド剤で細胞内分子夾雑の影響を再現することは困難とも考えられた。今後は細胞内夾雑環境をタンパク質の局所運動性を含めて再現できるモデルシステムの探索をさらに進めていきたい。
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