動物の化学コミュニケーションの一つに匂い物質を介した母子間コミュニケーションがある。例えば、哺乳動物の新生仔は、「母の匂い」を手掛かりに初期哺乳行動をとる。その「母の匂い」の源の一つとされているのが羊水である。これまでの研究で、羊水には胎生動物の新生仔が嗜好性を示す匂い物質が存在し、またヒト新生児を含め産まれたばかりの子に安寧効果をもたらすことが報告されている。本研究では、羊水中に含まれる母子間化学コミュニケーションを媒介する匂い分子の同定と生理機能の解明を目的とした。これまでにマウス、犬、牛の羊水をGC/MS解析をおこない、羊水の匂い成分中に共通する複数の脂肪酸を見出した。マウスの不安様行動解析の結果、このうちの一つの脂肪酸にマウスの不安様行動を緩和する効果が認められた。この脂肪酸によって活性化される脳(嗅球)の発火パターンを解析した結果、発火部位は極めて限られており、少数の嗅覚受容体がこの物質を受容していることがわかった。さらに羊水成分を受容する嗅覚受容体を同定するために、嗅覚受容体のmRNAレベルが長時間のリガンド暴露によって減少する現象を利用した受容体同定法、DREAM法(Deorphanization of receptors based on expression alterations in mRNA levels technique)を用いた解析をおこなった結果、複数の候補受容体分子を得たが、期間内に再構築系を用いたリガンド応答確認による受容体の同定には至らなかった。今後、再構築系を用いたリガンド応答、ならびに神経活動マーカーと受容体の共発現の有無を確認することで、受容体を同定し、さらにゲノム編集技術を用いたノックアウトマウスの作成に着手し、生理機能の解明をおこなう予定である。
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