研究領域 | 化学コミュニケーションのフロンティア |
研究課題/領域番号 |
20H04776
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
下山 敦史 大阪大学, 理学研究科, 助教 (90625055)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | リポ多糖 / リピドA / アジュバント / ケミカルエコロジー / 共生菌 / Alcaligenes faecalis |
研究実績の概要 |
研究代表者は、グラム陰性菌外膜成分リポ多糖とその活性中心リピドA について、構造と免疫調節作用の相関を解明してきた。近年は、細菌-宿主間ケミカルエコロジー研究の観点から、生体内環境に生息する細菌について、リピドAの機能解析とアジュバントへの応用について研究を進めてきた。共生菌リピドAならば低毒性ながら共生関係構築の鍵となる恒常性維持機能を有すると考え、腸管における細菌-宿主間化学コミュニケーションの解析と低毒性アジュバントの創出を目的として、腸管免疫調節を担うパイエル板の共生菌Alcaligenes faecalisに着目し、リポ多糖の精製と構造決定を実施した。大腸菌に代表される一般的な細菌はリポ多糖(糖残基数は数十~数百)を産生するが、菌種によっては糖鎖の短いリポオリゴ糖を産生するものもおり、A. faecalisは九糖から成るリポオリゴ糖を産生していることを明らかにした。また、細菌から抽出したリポオリゴ糖画分は、無毒でありながら、有毒な大腸菌リポ多糖と同等以上の抗体産生増強作用を保持していた。構造解析の結果、A. faecalisリピドAは、アシル鎖パターンが異なる混合物であることが明らかになった。そこで、本研究においては、A. faecalisリピドA群の系統的合成と機能評価を実施し、ヘキサアシル型A. faecalisリピドAが活性中心であることを明らかにした。さらにはヘキサアシル型A. faecalisリピドAは、無毒でありながら、有用なアジュバント作用(抗原特異的なIgA、IgG産生増強作用)を示すことも確認された。特に、腸管粘膜免疫の恒常性維持を担うIgAの産生誘導を制御できることから、ヘキサアシル型A. faecalisリピドAが腸管免疫の制御因子であることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
構造解析の結果、A. faecalisリピドAは、アシル鎖パターンに多様性があり、ヘキサアシル型、ペンタアシル型、テトラアシル型の混合物であることが明らかとなった。2020年度は、これらのアシル鎖パターンが異なるA. faecalisリピドA群の系統的合成と機能評価を実施した。ヘキサアシル型、ペンタアシル型、テトラアシル型をそれぞれ化学合成し、ヒト単球細胞を用いて機能評価したところ、ヘキサアシル型のみが免疫増強活性を示し、その活性はA. faecalis リポオリゴ糖とほぼ一致したことから、ヘキサアシル型A. faecalisリピドAが活性中心であることが明らかになった。また、ペンタアシル型、テトラアシル型については、リピドA受容体であるTLR4のアンタゴニストとして作用することも見いだした。続いて、マウスを用いたin vivo試験により、ヘキサアシル型A. faecalisリピドAは、A. faecalis リポオリゴ糖と同様に無毒でありながら、Th17選択的な活性化、抗原特異的なIgA、IgG産生増強作用を示し、粘膜免疫アジュバントとして非常に有望であることが示唆された。髄膜炎菌感染モデルを用いた試験も実施し、その有効性を確認済みである。また、A. faecalisリピドAは、アシル鎖領域の内部にヒドロキシ基を有するが、このような構造を有する天然リピドAの報告は少ない。合成例としては本研究が初であり、A. faecalisリピドAの特徴的構造と言える。そこで、このヒドロキシ基に着目した構造活性相関研究を展開した。ヒドロキシ基の有無による活性の増減、スイッチングが確認され、着目したヒドロキシ基が免疫制御の要であることが示された。
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今後の研究の推進方策 |
今後は以下の研究項目に取り組む。 (I)共生菌リポ多糖部分構造の化学合成と機能評価:2020年度までに、アシル鎖パターンの異なる共生菌リピドA群の系統的合成と機能評価を達成し、ヘキサアシル型の共生菌リピドAが活性中心であることを明らかにした。また、共生菌リピドAの特徴的化学構造である脂質部の水酸基を欠いた類縁体ライブラリーを合成・機能評価し、着目した水酸基が免疫機能発現に重要であることも見出した。2021年度は、リポ多糖に含まれる細菌特有構造の系統的合成を行う。具体的には、細菌特有の構成糖KdoとHepを含むリピドAの合成と機能評価に取り組む。KdoならびにHepの骨格構築法は昨年度までに構築しており、本年度はKdo-リピドAの合成を実施しつつ、Hep2-Kdo-リピドAの合成にも着手する。 (II)アジュバント-抗原複合体の合成と機能評価:有望なアジュバント候補として見いだしたA. faecalisリピドAとがん関連糖鎖抗原を連結したアジュバント‐抗原複合体を化学合成し、マウスを用いた試験により、がん免疫療法への展開を指向したセルフアジュバンティングワクチンとしての機能を評価する。 (III)物性を基盤とした化学コミュニケーションの理解:細菌由来リピドAが宿主生体内においてどのような挙動を取っているのか、分子の物性に主眼をおいた解析を試みる。現在、リピドAと様々な宿主生体膜成分を混合した場合、リピドAの活性にどのような影響を与えるか、解析を進めており、リピドAの機能を阻害するものや相乗的に高めるものなど、いくつかの内因性リガンドを見いだしつつある。2021年度はこの解析をさらに進める。具体的には、リピドAを含むリポソームや凝集体の作成を検討し、生体膜成分とリピドAにより構成される複合体の解析に挑む。
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