根治不能となってしまったがんは、やがて、宿主個体にさまざまな悪影響を及ぼす。たとえば、筋肉・脂肪・体重の減少、食欲の低下、肝臓の代謝異常、免疫系の変容などを例として挙げることができる。その一方で、がんが根治不能であるからといって、個体がすぐに死に至るわけではない。このことは、がんをもつ個体が、がんによって生じる変容にアダプテーションしている可能性を示している。つまり、がんをもつ個体において観察される変容は、がんによって生じている不調である可能性と、がんに対する宿主のアダプテーションである可能性がある。本研究では、新学術領域「代謝アダプテーション」の一員として、がんによって生じる代謝異常に対して個体がどのようにアダプテーションするのかを明らかにしようとした。
本研究では、がんをもつ個体で観察される変容 (がんを持たない個体との違い) を、宿主の異常・撹乱とアダプテーションとして切り分けることを試みた。具体的には、がんをもつ個体の宿主臓器の状態をマルチオミクスによって記載する。各々の変容に重要でありうる宿主因子を絞り込み、これを欠失あるいは過剰発現させる。その上で改めてがんを発生させ、がんによる変容及び個体の不調が緩和あるは増悪するかを調べた。
その結果、肝臓や脂肪といった複数の臓器において、がんによる撹乱とアダプテーションを切り分けること、また、撹乱・アダプテーションに重要な宿主因子を複数同定することができた。得られた成果は論文として投稿済みである。本研究により、がんによる撹乱と宿主のアダプテーションのせめぎ合いの一端が明らかとなった。本研究で確立したアプローチを発展させ、がんに起因する個体の不調という複雑な現象を一つ一つ丁寧に切り分けていきたいと考えている。
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