ヒトは類人猿と比較して著しく拡大した大脳皮質を獲得し、内部の複雑化した神経回路が基盤となり高度な認知機能を有するに至った。チンパンジーとの分岐以降に人類が獲得したNOTCH2NL遺伝子は胎児神経幹細胞で発現しニューロン産生を促進することにより、脳の拡大進化に寄与したことをこれまでに報告した。本研究ではNOTCH2NL遺伝子のアリル多様性の人類集団における多様性と、機能的意義についての解析を行い、以下の成果を得た。NOTCH2NL遺伝子には神経幹細胞を維持する効果が強い野生型アリルと効果が弱い変異型アリルが存在する。大多数の正常発生中のヒト胎児脳においては野生型アリルと変異型アリルの両方が転写されており、NOTCH2NLの機能が高すぎず、また、低すぎない一定の量に制御されていることがわかった。また、NOTCH2NLアリルの機能的な違いは、1アミノ酸置換により生まれる糖鎖修飾パターンの差異が細胞内局在を変化させることに起因していることも明らかになった。野生型アリルは小胞体に強く局在しタンパク質のフォールディング促進経路を抑制することによりNotchシグナル関連タンパク質の合成を阻害するのに対し、変異型アリルは小胞体に留まらないためにNotchシグナルに与える影響が少ない。こうしたNOTCH2NLの機能は神経幹細胞を未分化に止めることに役立っているが、一部の分化ニューロンにおいてもNOTCH2NLは発現している。ニューロンにおいてもNOTCH2NLは細胞移動を中心として神経回路形成を制御していることが新たに明らかになった。以上の結果から、本研究において当初計画していた3つの課題はおおむね達成することができ、NOTCH2NL遺伝子の獲得による脳進化メカニズムを解明し、さらに今後の研究の新たな方向性を得ることができた。
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