研究領域 | 進化の制約と方向性 ~微生物から多細胞生物までを貫く表現型進化原理の解明~ |
研究課題/領域番号 |
20H04875
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
安岡 有理 国立研究開発法人理化学研究所, 生命医科学研究センター, 研究員 (70724954)
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研究期間 (年度) |
2020-11-19 – 2022-03-31
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キーワード | 進化 / 発生 / ゲノミクス / 遺伝子発現制御 / 網羅的遺伝子発現解析 / 多型解析 / Otx2 / 頭部形成 |
研究実績の概要 |
ネッタイツメガエル初期原腸胚の1胚RNA-seq解析を行い、5つの兄弟胚間で発現量のばらつきが大きい「揺らぎ遺伝子」を500個程度同定した。同様の解析を独立に5回行ったところ、各実験群(Clutch)で共通の揺らぎ遺伝子65個を見出した。このうち26個は、Clutchごとの平均発現量の揺らぎも大きく、特に揺らぎやすい遺伝子だった。実験には近交系統(Nigerian系統)を用いていたので、この結果は比較的均質な遺伝的背景でも一部の遺伝子は発現が大きく揺らぐことを示している。 さらに同様のRNA-seq解析をotx2/5機能阻害胚を用いて行ったところ、otx2/5の機能阻害によって兄弟胚間での遺伝子発現レベルの揺らぎが増大していることが判明した。この傾向は発現量の多い遺伝子でより顕著であった。機能阻害効果が一定である(実験ノイズが少ない)とするならば、この結果はotx2/5の機能阻害に対する各遺伝子の応答が兄弟胚間で揺らぐこと、さらにはotx2/5の機能阻害によって胚発生の頑健性が損なわれていることを示唆している。また、otx2/5機能阻害胚とコントロール胚との間での各遺伝子の発現変動を実験群ごとに算出し、5つの実験群間で「発現変動の揺らぎ」が大きい遺伝子を抽出したところ、転写因子が多く含まれていた。この結果は、otx2/5の下流で働く転写因子セットが大きく揺らぎながら、ネットワークのつなぎかえが種内でも頻繁に起こっていることを示唆している。 次に系統間での遺伝子制御ネットワークの揺らぎを検出するため、Ivory Coast系統を用いた同様の1胚RNA-seq解析を行い、Nigerian系統の結果と比較した結果、発現の揺らぎが大きい遺伝子には系統間でそれぞれ違いがあることが判明した。さらにotx2/5の下流遺伝子の揺らぎにも系統間で違いがあることが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初期原腸胚における遺伝子発現の揺らぎを1胚RNA-seq解析から定量化する方法を確立し、Nigerian BH系統を用いた実験で「揺らぎ遺伝子」を同定することに成功した。さらに、Otx2/5の遺伝子機能阻害胚における遺伝子発現の揺らぎも検討し、胚発生に摂動を与えたときの遺伝子発現の揺らぎの変化も明らかにした。このような方法論が確立されたことで、Ivory Coast系統を用いた解析も順調に進み、系統間で「揺らぎ遺伝子」のレパートリーが異なることを明らかにできた。今後親個体のWGSのデータと1胚RNA-seqデータを統合することで、系統間の遺伝子発現の揺らぎを引き起こすゲノム領域が推定できると期待される。 異なる発生ステージ(初期原腸胚、後期原腸胚、神経胚、咽頭胚、オタマジャクシ幼生)における遺伝子発現の揺らぎを比較するため、Nigerian BH系統およびIvory Coast系統で1胚RNA-seq用のサンプルを用意し、大規模解析支援班にシークエンスライブラリの作成を依頼したので、今後さらなる発展が期待できる。 細胞ごとの遺伝子発現揺らぎを定量化するための1核RNA-seqの準備も進めており、次年度中に大きな研究の進展が予測される。
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今後の研究の推進方策 |
Nigerian BH系統とIvory Coast系統の各ステージの1胚RNA-seq解析データをさらに解析し、遺伝子発現揺らぎの系統間の違いを明らかにする。さらにWGSの結果と合わせ、ゲノム配列(特にシス制御配列)の変化と遺伝子発現揺らぎとの間の相関関係を導き出す。アフリカツメガエルのゲノム配列と比較し、ネッタイツメガエル系統間での遺伝子制御ネットワークの揺らぎがゲノム進化と相関しているのかを検討する。揺らぎを司るエンハンサーが推定されたら、機能解析を行って実際のエンハンサー活性を調べる。 さらに細胞ごとの遺伝子発現の揺らぎを定量化するため、コントロール胚と機能阻害胚をそれぞれ5つずつ別々に回収し、核を抽出して1核RNA-seq解析を行う。1核RNA-seq解析結果をもとに各細胞をクラスタリングし、機能阻害によって増減する細胞集団、同一条件で発生する兄弟胚間で変動する細胞集団、細胞集団内で発現レベルが大きく変動する遺伝子などに注目する。これまでの1胚RNA-seq解析の結果と統合し、遺伝子発現の揺らぎを生み出す仕組みを1細胞レベルで解明する。ChIP-seq解析の結果と照らし合わせ、どのシス制御配列が機能阻害胚における細胞集団や遺伝子発現の変動に関わっているのかを検討する。細胞集団を制御するシス制御配列が見つかれば、特異的なDNAモチーフ配列、標的遺伝子との位置関係、標的遺伝子あたりのシス制御領域の数との関係、機能阻害胚での標的遺伝子発現変動の大きさ(=転写因子の発現制御に対する貢献度)、標的遺伝子の胚発生中の発現パターンなどに注目して、その特徴を明らかにする。
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