植物の組織や器官を生み出す源は、植物体内で分化多能性を持ったまま維持される幹細胞である。一方で、この多能性幹細胞は傷害や外部からの植物ホルモン類の添加によって既存の分化済み組織から新たに生じることも知られている。そこで、本研究では、その分化多能性幹細胞を含む新生組織であるカルスを人為的に作り出す手法として従来から用いられてきたホルモン類の添加を行わずとも、単に植物体に添加するだけで分化多能性細胞塊を生み出す独自化合物(9D)を用いて、分化多能性獲得の新たな分子機構を開拓することを目指してきた。今年度に9Dの作用機序に関する解析をさらに進めた結果、9Dの添加で形成される細胞塊には、地上部・地下部・維管束のそれぞれの幹細胞のマーカー遺伝子が同時に発現することを見出した。この9D添加で生まれる細胞塊は、地上部再生用の高濃度のサイトカイニンを含む培地に移植すると地上部を再生した。また、9Dは、オーキシンアゴニストとしての直接的なオーキシン作用は持たないものの、「ゆっくりと」オーキシン応答を引き起こすことを見出した。オーキシンの生合成やシグナル伝達に関わる変異体や阻害剤を用いた実験の結果、このゆっくりと生じるオーキシン応答の誘導は内生のオーキシンによるシグナル伝達を介していることがわかった。さらに、9Dの添加直後のサンプルを用いたRNA-seq解析から、9Dの作用にはストレス応答に関わるタンパク質の働きが関わっていることが示唆され、実際にそのタンパク質の働きを阻害すると、9Dによるゆっくりとしたオーキシン応答も分化多能性細胞塊の形成も起こらなかった。
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