公募研究
無毒な種が有毒な種に紋様を似せて捕食から逃れるベイツ型擬態は広範な動物に見られる。シロオビアゲハ(P. polytes)ではオスと非擬態型のメスは同じ模様をもつが、毒蝶のベニモンアゲハに擬態したメス(擬態型)は全く異なる模様を示す。また、オスは自分と同じ紋様の非擬態型のメスを好むとされる。つまり、翅の紋様パターンが擬態と性選好(mate preference)の両方に影響を与えるため、メスの複数の表現型が野生集団中で維持されていると推測される。しかし、「なぜメスだけが擬態するのか」、「なぜ全てのメスが擬態型とならないのか」という問いに対し明瞭な解答は得られていない。そこで本研究では、シロオビアゲハとナガサキアゲハを用いて擬態と性戦略が擬態紋様を制御する主要遺伝子doublesex (dsx)によりどのように制御されているかを解明することを目的とする。(A)なぜメスだけに擬態型が生じるのか(メス限定型擬態)、(B)なぜすべてのメスが擬態型とならないのか(メス多型性)の原因を探るために、シロオビアゲハの擬態型dsx-H及び非擬態型dsx-hや、ナガサキアゲハの擬態型dsx-A及び非擬態型dsx-aの発現と機能を解析した。さらにその下流遺伝子の発現と機能を解明する。また、シロオビアゲハの擬態型メス、非擬態型メス、オスの後翅の淡黄色領域には紫外線応答に差があることがこれまでの研究で判明したが、そのことが性選好や擬態にどのような影響を及ぼしているかを調べた。一方、シロオビアゲハでは擬態型Hアレルが成虫寿命や産卵数を減少させることが明らかになったが、ナガサキアゲハでのAアレルの個体への生理的影響と後翅の紫外線応答性について解析し、シロオビアゲハと比較する。
2: おおむね順調に進展している
(1)なぜメスだけに擬態型が生じるのか?:擬態型dsxをもつメスは必ず擬態型となるが、擬態型dsxをもっていてもオスは非擬態型となる。シロオビアゲハの後翅ではオスでdsx-Hが発現しないことが非擬態型となる原因と考えられた。一方、ナガサキアゲハで擬態型dsx-Aは擬態型メス(Aa)の後翅では蛹初期に発現して減少するが、オス(Aa)の後翅では蛹初期にも発現しないことから、シロオビアゲハと同様にオスでdsx-Aが発現しないことが、オスが非擬態型となる原因であると考えられた。ナガサキアゲハ擬態型メスの腹部には警告色が見られdsx-Aが強く発現していたが、オス(Aa)の腹部ではdsx-Aが発現せず擬態形質も見られないことは上記の説を支持する。(2)なぜすべてのメスが擬態型とならないのか?:シロオビアゲハの擬態型メスとモデルのベニモンアゲハの後翅の淡黄色領域は紫外線を反射し、非擬態型メスとオスの淡黄色領域は紫外線を吸収して青色蛍光を発する。ヒト、鳥、アゲハ蝶で各淡黄色色素に対する視細胞のUVとR, G, B受容体の応答性を調べると、前2者と後2者でパターンは大きく異なり、特にUVの応答性の違いがその差を増大させることが分かった。前2者の類似性は擬態にとって有利である一方、後2者の類似性は「シロオビアゲハのオスは非擬態型のメスを好む」という仮説を支持する。シロオビアゲハではdsx-Hが擬態を引き起こす一方で、生理的な悪影響を及ぼし、さらには性戦略上で不利であることが、メスの多型性(非擬態型メスの存在)を引き起こす原因となり、また後翅の淡黄色領域が性戦略や擬態戦略の中心となっている可能性が示唆された。一方、ナガサキアゲハの後翅を調べると、紫外線応答に関しては大きな差異は見られなかった。
(1)なぜメスだけに擬態型が生じるのか?:シロオビアゲハとナガサキアゲハの擬態型メス後翅において擬態型が生じるのは、擬態型dsxが蛹初期に発現するためであり、オスで擬態型が生じないのはその発現が抑制されているのが主な原因であることが分かった。一方、ナガサキアゲハの腹部では同様にオスでは発現が抑制されていることが非擬態型となる原因と考えられたが、他の組織で擬態型dsxや非擬態型dsxが、どのような時空間的発現パターンを示すのかは分かっておらず、これらの発現制御について明らかにする必要がある。両種の擬態型dsxもしくは擬態型dsxと非擬態型dsxの発現制御配列を比較して探索する。さらに制御配列候補を個体でのレポーター解析で確認し、メスだけで擬態型が生じる原因配列を特定する。また、シロオビアゲハ擬態型dsx上流部にのみU3Xというlong non-coding RNAがコードされており、擬態型dsxの発現制御に関与している可能性を調べるために、U3Xをノックダウンしたときに擬態型dsxの発現変動を調べるとともにU3Xの機能解析を行う。(2)なぜすべてのメスが擬態型とならないのか?::シロオビアゲハでは15個のアミノ酸変異がある擬態型dsxを持つと産卵数や成虫寿命の低下が見られた。一方で、ナガサキアゲハの擬態型dsxはシロオビアゲハとは異なる4個のアミノ酸変異しかなく、これまでに擬態型メスと非擬態型メスでは明瞭な生理的影響の差は認められていないが、産卵数、孵化率、幼虫の生存率、成虫寿命などシロオビアゲハと同じ指標に関して測定し、さらに耐寒性など擬態型dsxにより何らかの生理的障害が起こっているのかを解析する。一方、ナガサキアゲハの後翅では擬態型と非擬態型で紫外線応答に関しては大きな差が見られないことが判明した。尾状突起などが性戦略に影響を及ぼしているのかどうか調べる必要がある。
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