シロオビアゲハではオスと非擬態型のメスは同じ模様をもつが、毒蝶のベニモンアゲハに擬態したメス(擬態型)は全く異なる模様を示す。また、オスは自分と同じ紋様の非擬態型のメスを好むとされる。つまり、翅の紋様パターンが擬態と性選好の両方に影響を与えるため、メスの複数の表現型が野生集団中で維持されていると推測される。しかし、「なぜメスだけが擬態するのか」、「なぜ全てのメスが擬態型とならないのか」という問いに対し明瞭な解答は得られていない。そこで本研究では、シロオビアゲハとナガサキアゲハを用いて擬態と性戦略が擬態紋様を制御する主要遺伝子doublesex (dsx)によりどのように制御されているかを解明することを目的とした。 本プロジェクトでは、electroporation mediated RNAi法を用いて、シロオビアゲハの擬態型dsx-Hとナガサキアゲハ擬態型dsx-Aが擬態型雌の擬態形質を誘導していることを明らかにした。一方、両種の雌で非擬態型dsx-hもしくはdsx-aが発現すると非擬態型となり、さらにこれらのdsx遺伝子発現が抑制されている雄ではオス型の形質が誘導されることを明らかにした。dsx遺伝子の発現制御機構と各タンパク質機能の違いによって擬態型雌、非擬態型雌、雄が生じることがわかった。 一方、シロオビアゲハでは15個のアミノ酸変異がある擬態型dsx-Hが発現すると産卵数や成虫寿命の低下が見られたが、4個のアミノ酸変異しかない擬態型dsxをもつナガサキアゲハではそのような現象は観察されなかった。シロオビアゲハの擬態型雌はdsx-Hの発現により擬態形質が現れて捕食圧が低くなる一方、同時に生理的な不利益が生じるため、野生集団では擬態型雌と非擬態型雌の個体数のバランスに影響を与えているのかもしれない。
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