本研究は、人類における「意図共有」の進化的基盤の出現年代の推定や淘汰メカニズムの理解に対し、具体的な考古資料の分析にもとづいた実証的知見を提供することを目的に計画された。具体的には、ユーラシア大陸の旧石器時代遺跡における石器製作技術の事例分析を通して、先史人類の石器製作技術に関する学習行動を復元し、それが先史人類の「意図共有」のプロキシとしてどのように有効であるのかを明らかにしていくことを目的していた。 先史人類による学習行動を復元するためには、石器資料において割り手の技量差を判別し、技量差のある割り手がどのような関係性にあったのかを推定していく必要がある。技量差の判定のためには、利用石材や行動上の脈絡も踏まえながら、有効な指標を見出していかなければならない。本研究では、石器製作技術の伝習が先史人類の遊動活動とどのような関連性をもっているのかを分析することで、学習行動がどのような行動の脈絡のなかに埋め込まれていたのかを明らかにし、それによって技量差判定の指標の有効性を検証していくという研究を進めていった。 具体的な事例分析の対象としは、上部旧石器時代遺跡と下部旧石器時代遺跡からの出土資料を取り上げた。石器製作技術の学習行動を示す痕跡が、景観内のどのような場所から見出されるのか、それは先史人類の遊動活動とどのような関係にあったのかを検討した。その結果、石器製作に利用される石材産地の周辺では、熟練者による技術過程のの教示や初心者による観察行動がおこなわれていたことが明らかにされた。こうしたことから、石器製作技術の伝習は景観内の限られた場においてのみ遂行されていた可能性が高いことが把握された。また、製作者の技量差を議論する際には、どのような石材環境下に残されていた遺跡を対象としているのかを考慮することも重要であることが明らかにされた。
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