階層的なコミュニケーション(再帰的な文構造)の成立を観察するための課題を考案し,クラウドソーシングプラットフォームを活用した実験を実施した. 課題は実験室内で新規な人工言語を構成させるものである.参加者は2名がペアになって課題に取り組む.両者は,3x3のグリッドで仕切られた部屋に位置付けられ,どこかの部屋に存在する報酬を探索し,共有する(同時に取得する).この過程を行う際,意味の付与されていない図形を三つ横に並べ,メッセージを送り合う.課題を繰り返す中で,図形に意味が付与され,共有に成功するようになる.その後,報酬を共有することも独占することもできる状況にルールが変更される.こういったジレンマ状況において協調を維持することで,送り合うメッセージの文法に複雑化が生じ,コミュニケーションの階層が生まれる可能性を考えた. クラウドソーシングによって募集された78名(38ペア)を分析対象とした.共有と独占の利得を操作し,共有によって得られる報酬が大きい条件と独占によって得られる報酬が大きい条件をもうけた.参加者が送信をしあったメッセージを対象に,曖昧化の指標を算出した.結果,ジレンマ状況に移行したのちに,ペアの送り合うメッセージが曖昧化していく様子が観察された.その傾向は独占による報酬の大きい条件において顕著であった.また,ペアのうちでより多く報酬を独占した参加者ほどメッセージを曖昧化していることが示された.このことは,本研究の実験によって,参加者間での一種の搾取的な関係が生起していることを示唆している. 現在までの分析において,階層化の証拠は得られていない.しかし,階層化と曖昧化は同時に進行すると考えている.実験室におけるコミュニケーションの性質と曖昧化を観察した実績は,階層的コミュニケーションを検討するための重要な足がかりになると考えている.
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