領域のゴールである言語的コミュニケーションにおける「意図共有」と「階層性」に対して,「認知アーキテクチャ」,「自閉傾向」,「実験記号論」をキーワードとした検討を進めた. まずは,意図共有に関する認知モデリングを認知アーキテクチャであるACT-R (Adaptive Control of Thought-Rational) をベースに進めた.本年度のモデリングでは,基礎的な意図共有の要素として音韻認識に焦点をあてた.連続音をある言語共同体において定められた単位に区切ることにより,単語が認識され,意図共有がなされると考えられる.そのような音韻認識に関する問題を検討する認知モデルをACT-T上のパラメータを調整することによって作成した. さらに,上記のような音韻認識に関する問題は,自閉傾向を有する児童に顕著に観察される.実際,自閉傾向は模倣を含む意図共有に関する能力に負の影響を及ぼすことが指摘されている.その一方で自閉傾向は,新規なパターンの発見に有効に寄与し,人類史におけるイノベーションの生起との関係も指摘されている.このような自閉傾向と言語進化の関係について,実験記号論に基づく実験データに基づいてまとめた. 階層性に関する検討も実験記号論に基づいて進めた.実験記号論において,意図共有は事前に意味の定まっていない記号を送信し合うことで達成される.本年度の検討においては,課題中に参加者が一度に3つの記号を送信する課題を用意した.3つの記号間の関係から階層性の指標を計算し,実験中に得られたアンケート指標との相関を分析した.その結果,階層的なメッセージは意図共有には必ずしも有効に働かず,逆にコミュニケーションにおける信頼性を損なう可能性があることがわかった.
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