本研究では、多くの動物が示す歌識別学習のメカニズムを理解するため、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)をモデルとした解析を進めた。キイロショウジョウバエの歌識別学習とは、幼少期(羽化直後の若い成虫)に「種に固有な求愛歌」を聞いた経験を持つことにより、成熟後の歌識別の精度が劇的に向上する、という現象である。この歌識別学習を成立させる分子機構に迫るため、哺乳類から昆虫までで広く保存されている記憶分子であるカルシウム依存性アデニル酸シクラーゼ(AC)に着目し、ニューロンの種類ごとにその発現を抑制することを試みた。
前年度までの解析により、アセチルコリン作動性、グルタミン酸作動性、GABA作動性の3種類のニューロン集団のうち、ニューロン数が比較的少ないグルタミン酸作動性ニューロンとGABA作動性ニューロンでそれぞれ、RNAi法によりAC遺伝子の発現を抑制することで、歌識別学習が変化する傾向を確認している。当該年度はこの解析をさらに進めた。その結果、グルタミン酸作動性ニューロンとGABA作動性ニューロンでの、発現抑制した際の学習表現型を確認した。さらにこの2種類のニューロンでのAC遺伝子の発現を抑制では、異なるタイプの学習変化が検出されることを見出した。このことは、異なる神経伝達物質を放出する複数のニューロンが、多層的にキイロショウジョウバエの歌識別学習を制御している可能性を示している。
以上の解析により、歌識別学習を成立させる分子機構の一端が解明された。
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