公募研究
言語という高次な認知機能を獲得するためには,文法構造,特に階層的構造の理解と学習能力が必須となる。本研究はヒト発達初期における生得的な「階層性」についての学習能力とその脳内基盤,自発的発話における「階層性」について明らかにする。このために研究1では新生児を対象とし,階層構造を持つ人工文法刺激を用い,人工文法学習と人工文法処理における脳反応と脳機能結合そして安静状態の脳機能結合変化を明らかにすることを目的としていた。一方で,研究2では,これまでにデータが極めて少ない3-12ヶ月乳児の発声における階層性を検討するために縦断的な発話の録音を行い,分節化する。これにより発話構造の発達過程を明らかにすることを目的としていた。これまでの公募研究において,6-7ヶ月児の階層性構造学習の脳内機構について人工文法を刺激とし機能的近赤外分光法(fNIRS)を用いて検討したところ,左下前頭回や左縁上回が活動し学習成立を示す脳活動が得られた。具体的には人工文法規則学習後に規則通りの文法「規則条件」に対しては馴化反応と見られる脳活動の低下が見られたのに対し,規則に違反した文法「違反条件」の場合には特に左縁上回や上側頭回,左下前頭回にて強い脳活動の上昇が見られた。これらは6-7ヶ月児において後方言語野が階層構造処理に既に関与していることを示す。これに対し更に月齢の低い新生児を対象とし,同様な実験を実施した。コロナ禍で充分な人数のデータを得られていないが,これまでの解析の結果,新生児でも規則条件では下降反応,違反条件に対して上昇反応が見られるといった類似した反応が見られた。しかし6-7ヶ月児で見られた規則左縁上回や左上側頭回での活動は見られなかった。これらは新生児でも規則学習が可能であるが,その脳内の学習メカニズムは6-7ヶ月児と異なっていることが示された。
2: おおむね順調に進展している
当初の予定では,実験1新生児実験は2年間かけて実験実施,データ解析をする予定でいた。しかし,実際には昨年度からあらかじめ新生児を対象とした実験を少しずつ実施しており,新型コロナウィルス感染予防で病院での実験が全く不可能になるまでにある程度の新生児実験を実施できていた。限られたデータではあるが,2020年度はこれらのデータの解析作業に集中できた。特に,新生児の実験では,(1)学習フェーズ前の安静状態の脳機能結合(4分),(2)規則刺激を呈示する学習フェーズ(5分),(3)規則条件,違反条件の2つの条件を持つテストフェーズ(5分),(4)学習フェーズ後の安静状態の脳機能結合(4分)という比較的大量のデータがあり,脳活動を含め,脳機能結合の解析手法なども探索的に行ってきた。上記の概要には含めていないが,学習時の脳機能結合とテストフェーズの脳活動との強い相関が見いだされており,左縁上回,左上側頭回が新生児の規則学習にも関与していることを示唆する結果が得られている。これらの結果はまだ暫定的ではあるが,解析手法開発という点においても予想以上の進捗である。一方で研究2の方についてはフランスの研究機関で開発,作成される録音装置Baby Loggerがコロナ禍で納品が1年遅れとなった。それに加えてコロナ禍で新規実験の参加乳児の募集は行えなかったので,予定していた録音は実施できていない。ただし,この録音装置の自動解析機能を評価するための予備実験を行っている。具体的には,人手での話者同定と分節化の音声アノテーションを行い,自動解析機能の解析結果と比較する作業を遂行中である。以上研究2は遅れているが,研究1は予想以上に早い進行となったので概ね順調と判断した。
研究1:新生児における規則学習と規則処理に関わる脳内機構の解明コロナ禍の状況次第ではあるが,正期産新生児を対象とした人工文法学習の脳内機構をfNIRSにて計測する実験を更に実施する。そのうえで最終的な解析を実施する。特に,学習後に人工文法に一致した規則条件,違反した違反条件を呈示した際の脳活動のレベルを評価することで,それぞれ規則学習や規則処理に関与する脳機能結合を解明する。これに加えて,学習時,テスト前後の安静状態の脳機能結合を解析し,学習後に構築された神経回路を同定し,階層構造学習に関わる脳の可塑的変化を明らかにする。昨年度までに計測したデータに新たな実験データを加えて解析を本年度に完成させる。得られた脳機能結合についてどのような機能があり,どのような発達メカニズムがあるのかについて先行研究からも考察する。研究2:乳幼児の発声,発話パターンの発達コロナ禍での乳児状況で事情は変わってくるが,できる範囲で乳児3-12ヶ月児を対象に発話の録音を行う。1ヶ月毎に10時間録音デバイス(Baby Logger)を身に着けてもらい発話や周辺発話を録音する。その発話の単位を同定,分節化し,自動的手法,半自動的手法でコーディングを行う。発話の時間構造,リズム構造や階層性構造に着目して,その発達を明らかにする。この録音や自動解析システムを初めて使うので,現在取り組んでいる予備的な録音,解析を継続する。具体的には自動解析の信頼性を確認するために,録音した乳児音声の予備データについて人間によるアノテーションを行い自動アノテーションと比較を行う。今年はデータ収集,データの自動解析の流れを構築し,その結果を基に階層構造の評価方法を見出すことを目指す。
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