令和2年度の実績として、従来から様々な光反応で用いられているRuトリスビピリジル錯体でなく、それよりも格段に優れた可視光吸収能を有する独自開発のIr増感剤を利用することによって「膜を横断する可視光駆動電子輸送」を達成していた。この反応系は、光増感剤であるIr錯体はDPPCベシクル膜に取り込まれており、ベシクル内水相に電子供与体のアスコルビン酸イオン(Asc)、外水相に電子受容体のメチルビオロゲン(MV)を配した系として構築されている。そこに可視光を照射すると、MV還元体が生成し、膜を横断する可視光駆動電子輸送反応の進行が確認できる。 令和3年度はまず、その反応効率を高めるべく膜分子の検討を行った。その結果、ベシクル形成に用いる膜分子の種類は反応に顕著な影響を及ぼさないことが分かったため、以降の実験は安定で最も取り扱いやすいDPPCを膜分子として用いた。各種消光実験の結果から、この電子輸送反応は、膜外表面付近に存在するIr錯体の光励起状態が外水相のMVへ電子を供与する酸化的消光過程を起点にしている可能性が高いことが分かった。 次に、還元末端とプロトン還元触媒反応の連結に向けて、これまでの標準条件であったpH 7.5より低いpH 6で電子輸送実験を行ったところ、問題なく反応が進行することを確認した。この条件で、外水相のMVの代わりにNi錯体に基づく水溶性分子触媒を添加して可視光照射を行った。その結果、水素が発生し、ベシクル膜を横断する可視光駆動電子輸送と水素発生の連結に成功した。当該年度は、一方の酸化末端を水の酸化反応と連結することを志向して、Ru錯体に基づく分子触媒の開発も行ってきた。アセトニトリルとホウ酸緩衝液の混合溶媒では、触媒性能がpHに鋭敏だという興味深い知見が得られたが、ベシクル系にも適用できるような優れた水溶性分子触媒の発見には未だ至っていない。
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