ヒト(ホモ・サピエンス)が出ユーラシアを果たし、大繁栄した要因を探るには、ヒトを他種と比較し、その特異性を探る必要がある。例えば拡散の速さがヒトの特異性を示すという通説があるが、昨年度の研究において、侵入生物のデータベース(Global InvasiveSpecies Database)を用いてヒト以外の哺乳動物の拡散過程を調査し、彼らの拡散速度がヒトと比べて決して遅くはないことを示し、その通説が誤りであることを明らかにした。今年度は、ヒトの拡散における地域差の要因を探る研究を行った。すなわち、ホモ・サピエンスの最初の侵入時の年あたりの拡散速度は、ヨーロッパで約0.8km、アジアで約1.5km、アメリカで約13kmと、アメリカで10倍程度に加速しているが(ただし考古データの解釈次第で、多少前後する)、それがなぜかである。通説ではユーラシアにいた旧人(ネアンデルタール人、デニソワ人など)が強敵だった、アメリカ大陸は人類未踏の地だったため容易に獲得できる資源が豊富だった、などと言われているが、数理モデルと考古データを用いた解析から、それらの通説では拡散速度の違いを説明できないことが示された。逆説的に、この点にヒトの特異性の鍵が潜んでいるとも考えられる。このようなヒトの特異性とも関連していると考えられる、社会組織の効率化、不確定状況における行動選考、社会行動を支える因子、などについても研究した。なお一部の研究は指導学生の協力を得て行った。このように、数理モデルを用いて考古データを定量的に分析し、通説の妥当性を検討することは人類進化の研究において極めて重要であり、出ユーラシアプロジェクト全体に対しても大きな示唆を与えるものである。
|