本研究は、ユーラシア南部を東進した人類集団が中期~後期旧石器時代に無人~人口希薄だった日本列島とサフル大陸に到達、定着した際に、どのような石器技術の変化・変遷が起こったのかを明らかにすることで、生態ニッチ上の空白への侵入と適応の過程を解明することを目的とするものである。当初計画では、日本および東南アジア、オーストラリアの石器資料の比較により目的を達成する予定であったが、新型コロナウイルス感染症のまん延による渡航制限などにより、計画を大幅に修正し、日本列島内における後期旧石器時代~縄文・弥生時代にかけての通時的な石器技術の変化・変遷の解明へと変更した。 2021年度は、日本国内においては、神奈川県十王堂免遺跡(縄文時代早期)、富山県境A遺跡(縄文時代中・後期)、神奈川県大塚遺跡(弥生時代中期)の磨製石斧および関連資料の3D計測を実施した。これまでに取得した後期旧石器時代初頭・前半~縄文時代草創期の資料の計測データとあわせて、人類集団にとっての生活・生業空間の創出=ニッチ構築に不可欠な道具系としての斧=伐採具の通時的な変化を把握するためのデータ基盤を確立した。 形態分析により、縄文時代中・後期以降の石斧の形態的・機能的安定性を確認するとともに、旧石器時代的な技術要素を残していると理解されることもある縄文時代早期の礫斧について、全体形状および着柄部形態の不安定さについては後期旧石器時代~縄文時代草創期と近似的であるのに対し、刃部形態や軸対称性についてはむしろ縄文時代中・後期に近いことが確認された。縄文時代草創期の様相とあわせて、刃部と軸対称性と言う斧身単体の機械的性能の向上が先行し、着柄部の形態的安定性という運用系の変化が後続することが予察された。
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