公募研究
1. 擬一次元有機伝導体(TMTTF)2Xでは、強相関π電子が自己組織化することで強誘電分極を形成するため(電子強誘電体)、量子液晶としての性質を示すと期待できる。非線形光学過程であるテラヘルツ波発生測定を行い、電子型強誘電ドメインとその超高速ダイナミクスを調べた。顕微テラヘルツ波発生測定により、数100ミクロンオーダーの巨視的ドメインが形成されることが解った。特にアニオンXが四面体の場合(X = ReO4、BF4)、アニオン秩序の効果によって、不純物や残留応力の影響が除去された分極ドメイン壁が生じることが解った。また(TMTTF)2BF4における光励起-テラヘルツ波発生プローブ測定により、このドメイン壁が存在する時にのみ、光励起によりコヒーレント振動(周期~4ピコ秒)が励振されることを見出した。この結果はドメイン壁が共鳴周波数を持つことを示唆しており、電子集団に特有の応答と考えられる。2. 傾斜パルス法による高強度テラヘルツ波光源を開発し、500kV/cmの強電場印加が可能となった。この光源を用いて、鉄酸化物の電子型強誘電体についてテラヘルツ励起-光第二高調波発生(SHG)プローブ実験を行った。(a)平衡状態では分極がゼロの結晶方位に電場印加することで、自発分極に匹敵する大きさの分極を創り出すことに成功した。過渡分極は印加電場波形の4乗に追随して変化し、大きな非線形性と超高速応答を示すことが解った。(b)自発分極によるSHGを電場変調することに成功した。電場強度に対するSHG変化率は他の強誘電体と比べ桁違いに大きく、電子型強誘電分極が俊敏(ピコ秒未満)な電場応答することが解った。観測された超高速ダイナミクスは、印加電場の単純な定数倍では説明できず、新奇な非線形光学応答を反映している可能性がある。
2: おおむね順調に進展している
1. 本研究の目的は、量子液晶としての電子強誘電ドメインが示す光応答の探索である。相転移近傍ではしばしば劇的な物性が見られるため、空間的な相転移近傍であるドメイン壁構造も特異な応答を示すと期待される。テラヘルツ実験装置の構築とテラヘルツ波発生測定を順調に進めることができ、ドメイン壁構造が示すコヒーレント振動(数ピコ秒周期)を発見することができた。この結果は、強相関π電子の集団が共鳴周波数を持つことを示唆しており、それ自体が興味深いだけでなく、ドメインの共鳴駆動によって光誘起相転移を起こせるいとぐちを与える。この展開はまさに、量子液晶の光機能開拓という本研究目的に沿っている。2. 電子強誘電ドメインの駆動に必要となるテラヘルツ強電場光源についても、順調に高性能化を進めることができ、500kV/cmの強電場印加が可能となった。この値は典型的な抗電場(強誘電分極の反転に必要な電場)より桁違いに大きいため、先述の振動を強制的かつ共鳴的に駆動すれば、劇的な応答を生みだせると期待される。また鉄酸化物の電子型強誘電体についても、興味深いテラヘルツ電場応答を見出すことができた。自発分極を反映する光第二高調波発生(SHG)は、テラヘルツ電場に追随して超高速(ピコ秒未満スケール)に変化するだけでなく、その変化率は100%にも及んでいた。これらの結果は、電子型強誘電ドメインが電場に対し俊敏に応答することを示唆している。その詳細を調べることで、1.と相補的(1次元/2次元、π電子/d電子)な知見が得られると期待される。
1. 有機伝導体(TMTTF)2Xにおいては、前年度までの研究により、電子型強誘電ドメインが数ピコ秒周期のコヒーレント振動を示すことが明らかとなった。その詳細について調べ、強相関π電子の特異な集団応答について明らかにする。(a)テラヘルツ透過測定を行う。振動が分極ドメイン壁によって生じていれば赤外活性モードとなるため、吸収ピークにその特性が現れると考えられる。(b)温度依存性を調べる。自由エネルギーポテンシャル壁が消失する転移点近傍で振動数や振幅の変化を調べることで、振動の熱力学的性質が明らかにする。(c)テラヘルツ強電場下の応答を調べる。空間的な相転移近傍であるドメイン壁を共鳴励起して強制駆動すれば、劇的な応答が生じると期待される。2. 層状鉄酸化物の電子強誘電体RFe2O4も、強誘電分極(を反映する光第二高調波発生(SHG))が興味深いテラヘルツ応答を示すことが明らかとなった。その詳細を調べ、d電子集団のダイナミクスを明らかにする。(a)テラヘルツ強電場およびSHGの偏光依存性を評価し、面内自由度を持つ分極ベクトルのダイナミクスを調べる。層状物質の2次元性を反映し、上記1.の擬1次元系とは全く異なる応答を示すと期待できる。(b)顕微テラヘルツ波発生によって分極ドメイン構造を明らかにし、SHG時間発展との対応関係を調べることで、ドメイン(壁)の実時間応答を確かめる。(c)上記1.の結果と比較し、π/d電子系の類似と相違を精査する。3. 2種類の励起光を駆使したハイブリッド印加に挑戦する。近赤外光によって電荷秩序を融解(光誘起相転移)させ、タイミングを合わせてテラヘルツ強電場を印加して分極を整列させれば、超高速に分極をスイッチングできる可能性がある。この光機能は強相関電子系あるいは電子型強誘電体に特有なものと言える。
すべて 2021 2020 その他
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件) 備考 (1件)
Nature Communications
巻: 11 ページ: 4138
10.1038/s41467-020-17776-3
http://femto.phys.tohoku.ac.jp/