研究領域 | 変わりゆく気候系における中緯度大気海洋相互作用hotspot |
研究課題/領域番号 |
20H05173
|
研究機関 | 国立研究開発法人海洋研究開発機構 |
研究代表者 |
熊本 雄一郎 国立研究開発法人海洋研究開発機構, 地球環境部門(海洋観測研究センター), 主任研究員 (70359157)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 亜熱帯モード水 / 福島第一原子力発電所 / 放射性セシウム / トレーサ |
研究実績の概要 |
黒潮および黒潮続流南方の再循環域では、冬季に大量の熱が大気に奪われ、深さ数百mに及ぶ海洋混合層が形成される。再循環域の厚い混合層は北太平洋「亜熱帯モード水」として、水温・塩分・溶存酸素偏差とともに亜表層に沈みこむが、その一部は低緯度の海面に再出現し、大気にフィードバックを与えると考えられている。しかしながら、広大な黒潮再循環域の斉一的な観測データを得ることは難しく、その全体像の把握は十分とは言えない。2011年3月に発生した福島第一原子力発電所(福島原発)事故によって放出された放射性セシウムの7~8割は、北太平洋に沈着・流入したと推定されている。黒潮フロント南側の黒潮再循環域に沈着した福島原発事故由来の放射性セシウムは、同海域における深い鉛直混合によって海洋内部に取り込まれ、亜熱帯モード水の移流に伴って亜表層を南に運ばれた。すなわち、履歴がはっきりわかっている事故由来放射性セシウムは、亜熱帯モード水の理想的なトレーサとなり得る。本研究課題は、福島原発事故によって北太平洋に放出された放射性セシウムの子午面鉛直2次元分布を明らかにし、亜熱帯モード水の循環を定量的に議論することを目的とする。2020年6~7月に東経137度に沿った北緯28度~5度の範囲の7観測点800m以浅で海水試料を採取した。全49検体の試料前処理は、2020年度中に完了した。35検体中の放射性セシウム濃度の測定が完了した。残りの14検体の測定は、2021年5月末までに完了する予定である。これまでに得られた測定結果から、福島原発事故由来の放射性セシウムは北太平洋から南太平洋、そしてインド洋へ移行している可能性が示唆された。研究計画は、当初計画より早く進捗している。そこで、上記の7観測点に加えて新たに2観測点において、放射性セシウムの測定を実施することとした。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年6~7月に実施された気象庁海洋気象観測船啓風丸の航海において、東経137度線上の7点(北緯28、24、20、15、11、8、5度)の深度800m以浅の7層で海水試料各約40リットルを採取した。海水試料中の放射性セシウム(セシウム134とセシウム137)を、リンモリブデン酸アンモニウム(AMP)を使って濃縮した。AMPによる放射性セシウムの回収率は約95%と見積もられた。AMPに濃縮された放射性セシウム濃度は、金沢大学環日本海域環境研究センターの低バックグランドゲルマニウム半導体検出器を用いて測定した。2021年3月末の時点で、全49検体のうち35検体の測定が完了した。北緯20度の観測点においては、深度300m(海水密度アノマリσθ=約25.3 kg/m3)を中心とした相対渦度の極小層において、福島原発事故起源セシウム134の亜表層極大が観測された。その最大濃度は、2011年3月11日に放射壊変分を補正した値で約1.7 Bq/m3であった。この鉛直分布は過去に亜熱帯域で報告されている観測結果と、概ね一致している。一方、北緯11度以南の3観測点では、セシウム134の亜表層極大の中心は深度150~200m(σθ=約25.4~25.6 kg/m3)で観測された。その最大濃度は北緯20度の観測点のそれに比べてやや低かった(約1.5 Bq/m3)。最南端の北緯5度の観測点は北赤道反流域に位置しており、セシウム134はその流れに沿って西から運ばれてきたと考えられる。この結果から、事故から約10年を経過して事故由来のセシウム134は北太平洋から南太平洋、そしてインド洋へ移行している可能性が示唆された。得られた結果の一部は、2021年3月18日の新学術領域研究「中緯度大気海洋」第2回領域全体会議で発表した。以上から、本研究計画はおおむね順調に進展していると判断した。
|
今後の研究の推進方策 |
研究計画は、当初計画に比べて4か月程度早く進捗している。残り14検体の測定は2021年5月末までに完了する予定である。そこで、新たな海水試料の採取と放射性セシウム濃度の測定を追加で実施することとした。2021年2月の海洋研究開発機構白鳳丸KH-21-1航海において、北緯31度/東経145度の800m以浅で7検体(各40L)を採取した。また、2021年5月に予定されている海洋研究開発機構新青丸KS-21-9航海においても、北緯29度/東経134度付近の観測点において、同様に放射性セシウム測定用の海水試料を採取する予定である。これら追加2観測点の試料のAMP濃縮処理と分析を9月末までに完了させる。それらの測定データを、東経137度線に沿った観測点のデータと組み合わせることによって、事故起源放射性セシウムの鉛直2次元分布だけでなく3次元的な空間分布を明らかにする。その分布から北太平洋亜熱帯域の亜表層に広く分布する亜熱帯モード水の循環の時間スケールを定量的に議論する。得られた研究成果は、2021年秋に開催される学会(日本海洋学会、または日本地球化学会)において発表する。最終的には専門分野の国際誌に論文を投稿する。新型コロナ禍の影響のため、KS-21-9航海において予定している海水試料の採取が予定通り実施できるかどうか不透明な状況である。その場合に備えて2021年11~12月に予定されている海洋研究開発機構「みらい」MR21-06航海においても、海水試料を採取することを計画している。
|