本公募研究では、不整合変調構造やミスフィット化合物をふくむ非周期結晶において、それに特有の乱れ(フェイゾンとよばれる)が物性に与える影響を走査トンネル顕微鏡(STM)実験から明らかにすることを目指す。そのためには非周期結晶の構造を正確に測定する必要があり、フーリエ変換フィルタによる変位抽出手法を複数周波数成分に対して行うことを提案した。 2021 年度は、遷移金属ダイカルコゲナイド超伝導体 NbSe2 の電荷密度波の構造を明らかにした。この物質は約 30 K 以下で 3×3 周期に近い格子不整合の電荷密度波を発現する。いくつかの先行研究から、この電荷密度波は局所的には 3×3 の格子不整合ドメインを形成し、ドメイン境界で電荷密度波の位相が急峻に変化することが報告されていた。しかしそのドメインあるいはドメイン境界を正確に可視化する方法がなく、ドメインが空間的にどのように配置しているかは未解明だった。 そこで STM で得た電荷密度波の像をわれわれが提案する手法により解析した。実験的に観測される電荷密度波のドメインは大きく 2 タイプに分類され、それぞれのタイプは位相の違いによってさらに 9 種類に分類されることがわかった。これらの 2 タイプ× 18 種類のドメインは、結晶格子に対する電荷密度波の位相のずれに対応する3つの整数の組によって指数付けでき、その指数を STM 像から抽出できることがわかった。この結果は、1980 年前後に研究されたランダウ自由エネルギーにもとづく現象論において、特定の条件下で予言されるドメイン構造の性質と一致している。40 年近くものあいだ、いわば架空の構造として提案されてきた構造が、実に身近な物質で実現していることを示した成果であり、意義があると考える。
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