研究領域 | ハイパーマテリアル:補空間が創る新物質科学 |
研究課題/領域番号 |
20H05279
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
酒井 志朗 国立研究開発法人理化学研究所, 創発物性科学研究センター, 上級研究員 (80506733)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 準結晶 / 超伝導 / 金属 / フラクタル / 電子相関 |
研究実績の概要 |
本研究課題の目的に沿って、準結晶中の電子状態について、(1)金属相と(2)超伝導相の両面から研究を推進し、それぞれ論文として公表した。以下、その概要を(1)、(2)のそれぞれに分けて記す。 (1)準結晶の多くが金属であることに鑑みて、金属相の理解は重要である。特に、準結晶は非周期的でありフェルミ液体論が成り立つ保証がないため、電子間相互作用の役割を明らかにする必要がある。この目的のもと、代表的な準周期(準結晶)構造であるPenrose格子やAmmann-Beenker格子上の多電子系を考え、2つの電子が同一格子点にきた場合に斥力Uを、隣り合う格子点にきた場合に斥力Vを感じるような理論模型を数値シミュレーションによって調べた。まず、電子の分布は電子間相互作用がない場合にも非一様になり、Uはこの非一様性を抑える方向に働く。一方、Vはこの電子分布を劇的に変え得ることが分かった。これは、主に配位数が格子点ごとに異なるためである。このような効果は周期系では見られず、準周期系の電子状態を理解する上で重要であり、また新しい電子状態を考える出発点となり得る。 (2)2018年に準結晶で初めての超伝導体が発見された。通常、超伝導状態はフェルミ面上の二電子が成すクーパー対を出発点として、運動量空間で展開される理論によってその性質の多くが記述されている。これらの前提が破綻する準結晶超伝導体の性質を実空間の数値シミュレーションによって調べた。その結果、超伝導ギャップと転移温度の比や転移点における比熱の跳びの値が、通常の超伝導体について知られている普遍的な値からずれること、金属-超伝導接合体の電流ー電圧特性に、通常の超伝導体とは異なる振る舞いが見られることなどが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
準結晶の金属状態と超伝導状態について、それぞれ新しい事実を発見し、その成果を論文として出版するところまで完了させられた点は評価できる。特に、異なるサイト間での電子間相互作用の役割が、周期系とは異なり、電子分布を劇的に変える点は、研究当初は想定していなかった興味深い効果の発見である。一方で、当初の予定であった、同一サイト上の相互作用の効果を摂動論により調べる研究を今後推進していく必要がある。 また、準周期電子状態のマルチフラクタル性の研究についても研究を進めている。マルチフラクタル次元等の計算のために必要な基本的なプログラムを開発・整備した。また、マルチフラクタル次元を見るべき量の選択や、実空間クラスターのサイズ依存性や境界条件などについて知見を蓄積しつつある。
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今後の研究の推進方策 |
金属状態のマルチフラクタル次元・スペクトルを計算できるようにし、それらが電子間相互作用によってどのように変化するか調べる。 準周期構造上のタイトバインディング模型について知られている固有関数の形を、平均場ハミルトニアンの固有状態へ適用することができれば、マルチフラクタル次元・スペクトルの値を、サイズや境界条件にほとんど左右されずに、高精度に求めることができると期待される。まずは、この方法の適用可能性についての検証を行う。もしこの方法が適用できることが判明すれば、マルチフラクタル次元・スペクトルの値は直ちに求められる。一方、この方法が適用できない場合には、実空間格子のサイズや境界条件に留意しながら、直接的な数値計算によりマルチフラクタル次元・スペクトルの値を評価し、相互作用による変化を議論する。 また、実空間で電子間相互作用を2次摂動論によって扱い、自己エネルギーを計算するプログラムを開発する。その低エネルギーにおける周波数依存性を調べることによって、フェルミ液体論的解釈の妥当性について検討する。
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