研究領域 | 高速分子動画法によるタンパク質非平衡状態構造解析と分子制御への応用 |
研究課題/領域番号 |
20H05447
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
小野 純一 京都大学, 実験と理論計算科学のインタープレイによる触媒・電池の元素戦略研究拠点ユニット, 特定研究員 (30777991)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 高速分子動画 / 大規模量子分子動力学法 / 生体内プロトン輸送 / 光受容膜タンパク質 / 微生物型ロドプシン / バクテリオロドプシン / 自由エネルギー解析 |
研究実績の概要 |
本研究課題では,代表的な光受容膜タンパク質である微生物型ロドプシンを対象とし,光によって駆動される機能発現機構の詳細を理論的に解明することを目的としている.特に,X線自由電子レーザー(XFEL)によって得られた分子動画の各構造に脂質二重膜・水溶媒を加えた生体分子系全体を量子的に取り扱う大規模量子分子動力学(MD)計算を実行し,分子動画の各構造間で起こり得る化学反応を理論的に補完する.これにより,構造変化と化学反応の双方が織りなす機能発現機構の全容解明を目指す.令和2年度には,(1)バクテリオロドプシン(BR)のL型中間体の分子動画に対する大規模量子MD計算による1段階目のプロトン移動反応機構の解明および(2)BRのM型中間体の分子動画に対する大規模量子MD計算による(プロトン放出基近傍での)プロトン貯蔵機構の解明を実施した. (1)本研究領域の南後らによって,2016年にBRの光反応サイクル上でのK型,L型およびM型中間体に対する分子動画がXFELによって撮像された.この分子動画では,L型中間体においてシッフ塩基(SB)からAsp85への1段階目のプロトン移動を中継する位置に内部水分子Wat452が特異的に出現することが捉えられた.このL型中間体4種類の結晶構造を対象とした大規模量子MD計算を実行した結果,前半2種類の構造において,Wat452がThr89を介してAsp85へとリレー形式でプロトンを供与した後,生じた水酸化物イオン中間体がSBからプロトンを受容することにより,1段階目のプロトン移動が進行することを明らかにした. (2)BRの光照射前およびM型中間体5種類の分子動画に対して大規模量子MD計算を実行した結果,プロトン放出に関わる余剰プロトンは光照射前ではGlu194上で安定に存在しているが,光反応サイクルの進行に伴い,Glu204へと局在化することを明らかにした.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
以下に示す各進捗状況から「(2)おおむね順調に進捗している」と判断した. (1)BRのL型中間体の分子動画に対する大規模量子MD計算による1段階目のプロトン移動反応機構の自由エネルギー解析を行った.約3800原子からなる大規模系を量子的に取り扱うため,分割統治型密度汎関数強束縛(DC-DFTB)法を採用した.また,マイクロ秒スケールで起きる遅いプロトン移動反応を効率的に取り扱うため,拡張サンプリング法の一種であるメタダイナミクス(MetaD)法を採用した.1段階目のプロトン移動反応を特徴付ける集団座標としてWat452およびSBの有効配位数を選択し,複数のDC-DFTB-MetaD計算をスーパーコンピュータ上で実行した後,reweighting法および重み付きヒストグラム解析法による自由エネルギー解析を行った.その結果,L型中間体で活性部位に特異的に出現するWat452がThr89側鎖を経由してリレー形式でAsp85をプロトン化させた後,生じた水酸化物イオン中間体がSBからプロトンを引き抜くことによって1段階目のプロトン移動反応が進行することを見出した.この反応経路における自由エネルギー障壁は,局所領域(活性部位)のみを量子的に取り扱う量子力学/分子力学(QM/MM)法に基づく先行研究によって提唱された他の経路の自由エネルギー障壁より有意に低いことを明らかにした.また,活性部位に存在する別の内部水分子(Wat402)がプロトン移動の経路となる水素結合ネットワークの安定性に関与していることも明らかにした. (2)BRの光照射前およびM型中間体の分子動画に対する大規模量子MD計算によって,2段階目のプロトン移動反応に関わる余剰プロトンの貯蔵機構に関する自由エネルギー解析を行った.その結果,光反応サイクルの進行に伴って余剰プロトンがGlu204へと次第に局在化することを見出した.
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題では,微生物型ロドプシンのベンチマークであるBRを主要な計算対象とし,その光反応サイクル上でのプロトン輸送機構を理論的に解明するため,BRの分子動画を初期構造とした大規模量子MD計算を引き続き実行する.BRでは,発色団の光異性化を起点として5段階のプロトン移動が連鎖することにより,生体膜内外で1個のプロトンが能動輸送される.その結果生じるプロトン濃度勾配はアデノシン三リン酸(ATP)の合成などに利用されるため,BRは微生物中で光エネルギー変換機能を担っている.令和3年度には,BRを含む生体分子系全体(約50000原子)を量子的に取り扱う大規模量子MD計算を継続し,主として光反応サイクル上での2段階目のプロトン放出過程の解析に引き続き取り組む.その結果,光反応サイクル上での一連の構造変化とプロトン移動の反応過程を実験的手法では観測困難な高時空間分解能で追跡し,その機能発現機構を分子・原子・電子レベルで明らかにする.これにより,BRの光エネルギー変換機構を構造変化・電子状態変化の観点から解明する.具体的な研究計画は以下の通りである. 2段階目のプロトン移動は,M型からN型中間体にかけて細胞外側表面近くのプロトン放出基から細胞外側水溶媒へプロトンが放出される反応過程である.本研究では,XFELによって得られたM型中間体5種類の分子動画を初期位置とした大規模量子MD計算を実行し,プロトン放出に最も適したスナップショットを特定する.令和2年度の研究実績(2)より,プロトン放出過程の始点はGlu204であることが示唆された.自由エネルギー解析によって,Glu204から細胞外側水溶媒へのプロトン放出を実現する反応経路を明らかにする.また,プロトン放出に先駆けて起きる構造変化,放出後の逆流を防ぐ構造変化を具体的に特定する.これにより,2段階目のプロトン移動の微視的機構を解明する.
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