本研究課題では,代表的な光受容膜タンパク質である微生物型ロドプシンを主対象とし,その機能発現機構を大規模量子分子動力学(MD)計算によって解明することを目指した.令和3年度には,(1)バクテリオロドプシン(BR)の2段階目のプロトン移動反応および(2)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスSARS-CoV-2のメインプロテアーゼ(Mpro)における(基質非存在下での)プロトン化状態を対象とした理論解析を実施した. (1)BRのM型中間体で起きる2段階目のプロトン移動は,プロトン放出基(PRG)から細胞外側水溶媒への放出過程である.M型中間体5種類の分子動画を対象とした大規模量子MD計算を実行したところ,後半3種類において,放出基出口近傍の空隙に水溶媒側から水1分子(Wat1)が進入した.その結果,PRGのGlu204からSer193とWat1を介して細胞外側水溶媒へと至る水素結合ネットワークが形成され,その経路上をリレー形式でプロトンが移動することにより2段階目のプロトン移動が進行することを明らかにした. (2)当初の計画にはなかったが,COVID-19の感染拡大を受け,Mproを対象とした大規模量子MD計算に着手した.Mproはウイルス増殖に関わるポリタンパク質の切断反応を触媒する酵素であり,治療薬の主要な標的の一つである.活性部位において,Cys145からHis41へのプロトン移動,すなわち中性状態から双性イオン状態への遷移を起点とした触媒サイクル上で切断反応が実現する.Mproの基質フリーの結晶構造を採用し,Mpro二量体および水溶媒からなる生体分子系全体を量子的に取り扱う大規模量子MD計算を実行した.その結果,基質フリーの活性部位では双性イオン状態が最も安定であることを明らかにした.本結果は,2020年に報告された中性子結晶構造解析の結果と整合する.
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