研究領域 | 高速分子動画法によるタンパク質非平衡状態構造解析と分子制御への応用 |
研究課題/領域番号 |
20H05451
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
當舎 武彦 国立研究開発法人理化学研究所, 放射光科学研究センター, 専任研究員 (00548993)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 金属酵素 / 一酸化窒素 / X線自由電子レーザー / 時間分解計測 / 反応中間体 / ヘム / X線構造解析 / ケージド化合物 |
研究実績の概要 |
ヘム鉄および非ヘム鉄からなる膜結合型一酸化窒素還元酵素(NOR)の複核活性中心で触媒される一酸化窒素(NO)還元の反応機構を理解するために、X線自由電子レーザーを利用した時間分解X線結晶構造解析によりNORの反応途中の構造を明らかにすることを目的としている。これまでの研究から、紫外光照射によりNOを発生するケージドNOを反応開始のトリガーとした時間分解計測が可能であることを示してきており、本課題では、NORの結晶試料にケージドNOを浸潤させた試料を用い、時間分解構造解析を行うことを計画している。 NORによるNO還元反応は、還元型NORにNOが結合することで進行する。このとき、余剰の還元剤は直接NOと反応してしまうため、NORを還元した後は、還元剤を完全に除去する必要がある。また、還元型NORは、酸素分子が存在すると、自動酸化により酸化型NORへと変化してしまうため、NORの触媒反応を観測するためには、嫌気環境の構築が必須となる。そこで、嫌気環境を保ったまま時間分解X線構造解析を行うために、酸素分子を透過させない酸素バリア性フィルムを用いてNORの結晶試料を包み込んでX線回折実験を行うことを考えた。 いくつかの酸素バリア性フィルムを入手し、溶液試料をフィルムで作ったバッグに封じ込め、酸素バリア性を検討した。その結果、エチレン・ビニルアルコール共重合体からなるフィルムが非常に高い酸素バリア性を示すことを発見した。また、このフィルムを用いたサンドイッチ法により、脂質キュービック相でのNORの結晶化を行うことができた。得られた結晶をフィルムに挟んだままSPring-8でのX線回折実験に用いたところ、NORの構造を3.1オングストロームの分解能で決定することができた。これらの結果は、本課題で用いた酸素バリア性フィルムが嫌気条件下での時間分解構造解析に利用可能であることを示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
複数の酸素バリア性フィルムを入手し、その特性を評価した。本課題では、紫外光の照射によるケージドNOの光解離を時間分解計測のトリガーとして利用するので、酸素バリア性フィルムの中でも高い紫外光透過性をもつものが必要となる。入手した酸素バリア性フィルムの紫外光透過性を調べた結果、エチレン・ビニルアルコール共重合体をベースとしたフィルムが高い紫外光透過性を示すことがわかった。 次に、フィルムの酸素バリア性について評価した。嫌気グローブボックス内で還元型の試料を準備し、余剰の還元剤を除去した後に、酸素バリア性フィルム製のバッグにヒートシーラーを用いて封じ込めた。可視吸収を測定することで、試料の状態を調べたところ、エチレン・ビニルアルコール共重合体フィルムとポリエチレン/ポリプロピレンの積層フィルムで試料の還元状態が10日以上にわたり維持できることがわかった。 二枚の酸素バリア性フィルムを両面テープで張り合わせて、フィルム状の結晶化プレートを作製し、脂質キュービック相(LCP)法によるNORの結晶化を試みた。その結果、長辺100ミクロン程度の針状結晶を得ることができた。得られた結晶をフィルムごとくり抜き、自作のホルダに固定したものを用い、大型放射光施設SPring-8でX線回折実験を行った。測定は複数の結晶に対し、それぞれ-5から5度ずつ回転させて得られる回折データを全て合わせることで一つのデータセットを得た。フィルムそのものから同心円状の強い回折がみられたものの、3.1オングストロームの分解能でNORの構造を決定できた。
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今後の研究の推進方策 |
はじめに、酸素バリア性フィルム利用したNORの結晶化条件の最適化を行い、より高分解能の結晶が得られる条件を決定する。また、嫌気グローブボックス内で結晶化を行うための小型微量分注装置を使った結晶化方法の確立も行う。これらの手法が確立できれば、嫌気グローブボックス内で還元型NORを調製し、ケージドNOと混合した試料について酸素バリア性フィルムを結晶化プレートとして用い結晶化を行う。 結晶が得られれば、はじめにSPring-8のマイクロフォーカスビームラインを利用し、X線回折データの収集ならびに、構造解析を行う。SPring-8では、時間分解構造解析のための参照構造として、光照射前の構造(還元型)および光照射後の反応終状態の構造決定を目指す。 酸素バリア性フィルムを用いて得られた結晶を使い、SACLAでの時間分解構造解析にも取り組む。フィルムプレートをそのまま利用した固定ターゲット型のシリアル測定により、X線回折データの収集を行う。海外共同研究者であるOwen博士(英国、Diamond Light Source)らが開発した固定ターゲット型測定用のチップシステムの利用も検討する。 室温での時間分解計測と平行して、低温下での反応中間体のフリーズトラップにも挑戦する。溶液状態のNORでの研究では、還元型NORとケージドNOを混合した試料について、液体窒素温度のもと紫外光照射を行うと、ケージドNOからのNO発生は起こるものの、NOが凍結試料中を拡散せず、反応が起きないことを見出している。この試料の温度を徐々に上昇させていくと、反応中間体が捕捉できることをつきとめており、結晶試料でも同様の実験が可能であると考えている。結晶試料中で中間体が捕捉できれば、X線回折実験を行い構造を決定する。
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