生体分子の分子動力学シミュレーションは生体分子を解析する手段として幅広く利用されるようになったが、現実的な計算機システムのサイズにより実現可能なシミュレーション長はミリ秒単位以下にとどまっており、タンパク質の機能にかかわる構造変化をシミュレーションからサンプリングすることはまだ困難である。本研究課題では、これまでのサンプリングと異なる新たな基軸に基づくサンプリング手法の開発を目指して研究を行った。タンパク質の構造を効率良くサンプリングする手法の開発を目指し、これまで計算コストの高さにより利用されてこなかった質量テンソル分子動力学法を改良することで改善を試みた。 質量テンソル分子動力学法に用いる質量行列を低ランク更新行列で近似することで、低コストな質量テンソル分子動力学法を開発した。手法を分子動力学法の代表的パッケージであるGROMACSに組み込みテストを行った結果、計算コストは144CPUコア並列時に5%程度のオーバーヘッドで済む事が分かり、現実的なコストで利用可能であることが分かった。trp-cageタンパク質を対象にしたベンチマークでは、第1主成分方向への運動を3倍程度まで加速することが可能であることが分かったが、当初目標としていた1桁の上昇は達成できなかった。また、本手法の開発の中で、回転対称性の喪失による実用上の困難があることが分かったため、今後回転対称性を取り入れた手法の開発が必要になることが示唆された。
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