人間の適応力には,身体または脳に部分的機能不全が起きた際に,過去に獲得した神経回路を再利用して機能を適応的に回復させる能力が含まれる.例えば,神経回路の代替の例として,片手が麻痺した場合,その手を通常とは異なる神経回路によって制御できることが分かっている.上肢の運動制御においては,筋肉長,筋収縮力,関節トルク,関節角度,手先位置など,異なるモダリティをもつ複数のセンサ変数(体性感覚情報)によりその状態を表現することができる.さらに,それらのセンサ変数間には,関節角度と手先位置を関係づける運動学,関節角トルクと関節角加速度を関係づける運動方程式など,複数の因果(依存)関係が存在する.本研究では,運動制御において種々のセンサ信号の間の依存関係を推定し制御器を自動生成するモデルを過去の研究成果にもとづいて提案し,そのモデルに新たに写像間の変換推定という機構を導入することで,過去に獲得した制御器の中の部分的な因果関係を再利用する過程を説明する運動学習モデルを開発した. 具体的には,運動学習過程における運動制御器の情報の再利用を可能にする運動学習モデルの提案のために,適応的な格子による関数のマッチングを行うことによる部分的な因果関係の間の変換推定手法を提案した.格子状に分布するノードによる分散型のアルゴリズムによる座標の対応づけ方法を定義し,エネルギー関数によって変換の滑らかさを正則化項として用いながら関数同士のマッチングを推定する.実装方法の一つとして遺伝的アルゴリズムを用いた最適化が適用可能であることを示した.例題として左右対称の運動学的特性をもつ双腕の手先位置制御課題を設定した.左腕制御器の内部で表現されている観測変数間の部分的な因果関係を,入力の座標変換によって右腕制御器で利用可能にするための座標変換が分散的な計算方法によって獲得できることを示した.
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