研究領域 | 身体-脳の機能不全を克服する潜在的適応力のシステム論的理解 |
研究課題/領域番号 |
20H05473
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研究機関 | 福島県立医科大学 |
研究代表者 |
小林 和人 福島県立医科大学, 医学部, 教授 (90211903)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | パーキンソン病 / 認知機能障害 / 機能回復 / 神経回路操作 / 中脳辺縁ドーパミン系 |
研究実績の概要 |
中枢神経系を構成する神経回路は、障害や損傷に対して大規模な再編成を示し、機能の代償や回復に重要な役割を果たすことが知られている。このようなネットワークの再編成は、失われた機能を代償し回復させるため、動物にとって極めて重要な超適応戦略となっている。この超適応戦略のメカニズムは、これまで、主に運動機能の回復をモデルに研究が進んできたが、学習や認知機能など高次脳機能障害に関しては、研究がまだ進んでいないのが現状である。本研究では、パーキンソン病モデルにおける学習障害回復の神経回路メカニズムを解明するために、回復過程における脳内動態変化を明らかにするために、中脳の腹側被蓋野から側坐核へ投射するドーパミン神経系に着目して、認知機能回復の機構解明に挑む。本年度は、機能回復に有益なリガンド依存性の促進性イオン透過型受容体を用いた新規の化学遺伝学技術を開発した。目的の細胞種においてショウジョウバエIR84a/IR8a複合体を発現させ、その動物の特定脳領域にリガンド(フェニル酢酸)を投与することにより、標的細胞の活性化を誘導した。トランスジェニックマウス青斑核の活性化により、味覚嫌悪条件付けにおける嫌悪反応の発現する潜時が顕著に短縮され、記憶想起の亢進が誘導できることが明らかとなった。この結果から、IR84a/IR8a発現細胞はリガンドに対して促進性の細胞応答を示し、その結果、動物の行動変容を誘導できることを示した。また、ドーパミン神経を活性化するために、チロシン水酸化酵素遺伝子のC末端アミノ酸と終始コドンの間に、2A-Cre-ポリAシグナル配列を挿入したノックインラットを作製した。このラットの脳内において中脳ドーパミンニューロンに導入遺伝子の発現を検出し、ノックインラットの中脳にCre依存的にGFPを発現するウィルスベクターを注入した結果、細胞種特異的なGFPの発現誘導を確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題では、パーキンソン病モデルラットにおける認知機能障害のひとつである学習障害の回復を目指し、とくに中脳腹側被蓋野(VTA)から側坐核(NAc)へ投射するドーパミン神経系の活性化によって学習障害の回復を促進することを目的にしている。本年度は、この実験系を構築するために、標的の神経細胞種を選択的に活性化するための新規のイオン透過型受容体化学遺伝学技術の開発を行った。この方法では、目的の神経細胞に、ショウジョウバエ由来のイオン透過型受容体IR84a/8aを発現させ、その選択的リガンドであるフェニル酢酸を脳内投与することによって標的の神経細胞種の活動亢進を誘導する。実際に、青斑核のノルアドレナリンニューロンに応用することにより、これらのニューロンの活性化に成功し、古典的条件付け課題における記憶想起の増強を誘導できることを示した。これらの結果は、本課題の目的であるVTAドーパミンニューロンの活性化に応用することが可能であり、認知機能障害の回復を誘導できる可能性を示した。また、ドーパミンニューロンの活性化のためにチロシン水酸化酵素に依存してCreを発現するノックアウトラットを作製し、ウィルスベクターの注入によりドーパミンニューロンへ目的の遺伝子を導入できることも示した。これらの実験系を組み合わせることにより、ドーパミンニューロン選択的にIR84a/8a受容体を発現させ、リガンド投与によりVTA-Nac経路の選択的な活性化を行う実験系が整備できた。
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今後の研究の推進方策 |
上記のように、TH-CreノックインラットVTAに、ウィルスベクターを用いてIR84a/8a受容体の発現を誘導する、。これまでに、レンチウィルスベクターを用いて、これら2種類の遺伝子を効率よく共発現することに成功している。このラットのVTAあるいはNAcにフェニル酢酸溶液を微量注入し、ドーパミン神経の活性化が起こるかスライス電気生理やマイクロダイアリシスで確認する。パーキンソン病モデルで障害することの知られている聴覚弁別課題の獲得過程において、上記の処理を行い、学習障害の回復を促進できるか否かを検討する。また、この回復がVTA-Nac系の機能に依存するかどうかを調べるために、抑制性イオン透過型受容体を導入し、イベルメクチン投与により、学習障害回復を抑制できるかどうかについても検証する。以上のアプローチを通じて、パーキンソン病モデルの学習障害がVTA-NAcドーパミン系の機能によって保障される可能性を検討する計画である。
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