交感神経系を介する心筋の収縮力増加(陽性変力作用)は、全身の血液循環恒常性維持に重要であり、その破綻は心不全の主たる臨床転帰となる。交感神経終末から放出されるノルアドレナリン(NA)は、心臓に多く発現するβアドレナリン受容体(βAR)を介して心機能を亢進する。しかし、なぜNA応答性の高いαARではなく、NA応答性の低いβARによって心機能が調節されるかは不明であった。我々は、受容体作動性カチオンチャネルtransient receptor potential canonical(TRPC) 6がαAR刺激によって活性されてZn2+流入が起こり、このことがβARのNA応答性を増強させ、マウス心臓の陽性変力作用を正に制御することを見出した。 βARを介する心臓の陽性変力作用は、TRPC6欠損マウスで強く抑制された。TRPC6欠損した成熟マウス心臓の単離心室筋細胞においても、βAR刺激による細胞内Ca2+濃度上昇と筋収縮増強効果が抑制された。NAの24時間前処置により、βAR刺激によるcAMP産生が有意に増大し、この増強作用はαAR阻害薬、TRPC6のノックダウン、Zn2+キレート剤処置によって抑制された。実際、TRPC6チャネル活性化薬投与により、拡張型心筋症モデルマウスの慢性心不全が顕著に改善されることも実証した。 次に、閉塞性動脈硬化症におけるTRPC6チャネルの関与を検討した。その結果、野生型マウスやTRPC3欠損マウスと比べて、TRPC6欠損マウスで有意に下肢虚血後の末梢循環障害が改善させることを新たに見出した。また、TRPC6と他のTRPCチャネルとの相同性解析から推測されたZn2+透過性に必要なポア領域中のアミノ酸2か所(NYN)をTRPC3型に置換したTRPC6変異体(KYD)を安定発現させたラット平滑筋細胞において、細胞内Zn2+貯蔵量が著しく低下することを見出した。以上より、TRPC6チャネルを介するZn2+流入の心血管系における病態生理学的重要性の一端が明らかとなった。
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