研究実績の概要 |
遺伝子発現に関わるヒストン修飾は、細胞内代謝産物によって動的に制御されているが、ヌクレオソーム構造の再編成を伴うDNA複製時、娘鎖においてヒストンの化学修飾状態が維持または変化する機構は良くわかっていない。申請者らは、転写抑制性メチル化ヒストン修飾(K27-trimethylated histone H3: H3K27me3)のゲノム上におけるパターンがDNA複製を経ても安定に維持されるにあたり、がん抑制遺伝子産物p53が重要な役割を果たすことを見出した。p53が存在しない時、DNA複製期に細胞質から核内へ輸送される新規未修飾ヒストンH3.1が、核膜に一時的に蓄積し、ここで異所性にH3K27me3化された。このH3K27me3化には、核膜近傍領域においてPRC2タンパク複合体の触媒サブユニットであるEZH2とH3との分子近接が観察された。従って、娘鎖において少なくとも一部のゲノム領域で、新規未修飾ヒストンH3が供給される代わりに、H3K27me3が供給されると考えられる。この系を用い、DNA複製部位において新規未修飾ヒストンH3の供給量が減少し、代わりにH3K27me3が供給されたとき、娘鎖においてメチル化ヒストンパターン(H3K27me3, H3K4me3)がどのように遷移するか、理論解析を進めた。その結果、DNA複製部位への未修飾新規ヒストンの流入量、あるいはメチル基ドナーであるSAMの供給量が過剰であるなど、平衡から遠く離れた時、メチル化ヒストンのわずかな初期濃度差(擾乱)が増幅し、ある複製回数以降から不可逆的に隔たるというシミュレーション結果を得た。これを上記のp53喪失の系で検証したところ、p53を喪失した上皮細胞においては、既にH3K27me3化されているゲノム領域(PRC2標的領域)でH3K27me3量の増加が観察された。
|