脳神経系は外界の情報を処理するために、外部入力に応じてその情報出力を可塑的に変化させる機能を持つ。ショウジョウバエのキノコ体という脳構造は、同一の匂い情報に対して、相反する行動を誘起する報酬・忌避記憶を形成する。この適応的な行動変化は、記憶の獲得・保持・読み出しの素過程に区別できるが、二つの情動記憶の全ての素過程はキノコ体で処理されることが知られている。 本研究では、キノコ体の神経細胞集団がどのように異なる状況に応じた入力情報を処理するのか、構造と機能の両面から明らかにする。相反する記憶の各素過程におけるキノコ体出力の状態変化の法則を解析し、キノコ体神経回路の情報処理特性の理解を目指す。 今年度は各出力神経を形態学的にプロファイルし、同一脳画像上に全ての出力神経をマップした「キノコ体出力回路図」を作成した。細胞の形態情報に加えて、各神経細胞の入出力部位の分布や放出される神経伝達物質などの情報を統合し、出力神経回路の構造的特徴を定量的に分類した。 さらに、出力神経回路図と情動記憶発現におけるキノコ体の出力パターン(機能コード)を解析することで、神経伝達物質と記憶の各素過程での機能の連関を検討した。その結果、一部の素過程に共通する神経回路モチーフを同定した。例えば、フィードバック回路を形成するグルタミン酸作動性のキノコ体出力神経が報酬記憶の獲得に重要な役割を担っていることを明らかにした。
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