研究領域 | 情報物理学でひもとく生命の秩序と設計原理 |
研究課題/領域番号 |
20H05531
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
山城 佐和子 京都大学, 生命科学研究科, 講師 (00624347)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | メカノバイオロジー / 蛍光1分子顕微鏡 / ずり応力 / 細胞膜 / 数理モデル解析 / 接着分子 / 受容体 / GPIアンカー型タンパク質 |
研究実績の概要 |
生体に加わる物理ストレスに対する細胞応答は、器官形成や組織の生理機能に必須である。しかし、技術的な難しさから、生細胞において物理ストレスに対する分子レベルでの応答を十分な時空間分解能で捉えた研究例は少なく、力伝達のミクロな定量的知見は不足している。また、生体内において、細胞に負荷する力学的刺激は強さや極性(方向)の変化を伴っており、細胞には繰返し負荷する物理ストレスを情報に変換し、留めるメモリが存在する可能性があるが、未だ明らかにされていない。本研究では、我々の開発したeSiMS顕微鏡による細胞内高精度1分子可視化技術と物理ストレス制御技術を組み合わせ、力応答情報を定量解析し、数理モデル解析と連携して分子動態に基づいた力学シグナル伝達モデルを構築することを目的としている。 これまでの本研究の進捗として、培養細胞観察を対象とする、圧力駆動流とフローセルを用いたずり応力制御系と高解像度蛍光顕微鏡を組み合わせたライブイメージング技術を確立した。培養細胞に、生理的範囲のずり応力 (10 ~ 20 dyn/cm2)を負荷する前・後で細胞膜タンパク質の局在変化を経時的に観察した。これまで、細胞膜に局在する接着分子、受容体、GPIアンカー型タンパク質について、ずり応力応答性を解析している。また、これらの細胞膜タンパク質にSNAPタグを融合して培養細胞に発現させ、ベンジルグアニン結合蛍光色素で特異的に化学標識することで、目的タンパク質の蛍光1分子観察を行う観察系を確立した。この方法により、ずり応力下での細胞膜分子の高精度1分子イメージングに成功した。 現在、これらの実験データから得られる実計測値を元に、数理モデルの考案を進めている。本研究成果は国内外の学会発表や学術論文として公開する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、細胞内分子直接可視化により得られる高精度の分子動態情報を基盤に、力学的情報処理機構の解明を目指している。 多様な分子が混在する細胞内において確度の高い情報を得るには、生細胞内で分子一つ一つを直接可視化し定量解析が可能な単分子蛍光スペックル顕微鏡が強力な手法である。単分子蛍光スペックル顕微鏡は、細胞内に極低濃度の蛍光標識分子を導入することで、細胞構造に会合した特定の分子を1分子ごとに可視化する。この蛍光1分子シグナル(スペックル)を解析することで、分子の移動(方向・速度)や結合・解離動態を直接捕捉し、定量化することができる。 私はこれまでの研究で、原法を格段に改良した電気穿孔法利用型単分子スペックル法 (eSiMS) を開発した。eSiMSは応用範囲が広がり、物理ストレス制御技術に用いられる特殊な培養条件においても高い時空間分解能での分子イメージングが可能となってきている。本研究では、これらの技術を活用することで、既存の技術では成し得なかった機械的刺激に対する力応答の分子レベルでの細胞内可視化解析を提案した。私の研究グループはこれまで、培養細胞観察を対象とする、圧力駆動流とフローセルを用いたずり応力制御系と高解像度蛍光顕微鏡を組み合わせたライブイメージング技術を確立した。さらに、細胞膜タンパク質にSNAPタグを融合して培養細胞に発現させ、ベンジルグアニン結合蛍光色素で特異的に化学標識することで、目的タンパク質の蛍光1分子観察を行う観察系を確立した。この方法により、ずり応力下での細胞膜分子の高精度1分子イメージングに成功した。ずり応力負荷下での1分子ライブイメージングはこれまで報告がなく、メカノバイオロジー研究の画期的なブレイクスルーとなり得る可能性がある。以上のような、研究の大きな進捗から、本研究は概ね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの本研究の進捗として、蛍光標識SNAPタグ融合タンパク質をプローブとして、ずり応力下での細胞膜分子の高精度1分子イメージングに成功した。 本年度は、ずり応力が細胞膜タンパク質に及ぼす影響の定量的1分子イメージング解析を継続して行う。細胞膜はリン脂質を主体とした脂質二重層からなり、受容体などの膜タンパク質は埋め込まれたように存在して、細胞膜中を拡散している。ずり応力が細胞膜分子の拡散にどのような影響を与えるかについては、分子レベルでの挙動解析はこれまで報告がない。そこで、本研究ではまず、ずり応力が細胞膜分子の拡散に与える影響を明らかにする。ずり応力を負荷する前・後での細胞膜タンパク質の拡散を、ミリ秒・ナノメートル単位の高精度分子イメージングにより定量解析する。定量解析を効率的に行うため、輝点トラッキングソフトウェアを改良する。分子イメージングで直接捉えた分子挙動に基づき、ずり応力情報を細胞内に伝達するモデルを考案する。定量的分子イメージングで得られた細胞膜分子拡散の計測値(パラメータ)を用いて、ずり応力情報伝達モデルの数理モデルによる検証を行う。 さらに、ずり応力が引き起こす細胞膜分子動態の変化が細胞内への情報伝達に寄与しているかどうかを明らかにするため、ずり応力に対する細胞内応答との相関を調べる。そのため、ずり応力に対する細胞応答である、アクチン細胞骨格の組み替えや、セカンドメッセンジャー濃度上昇と細胞膜分子変動に時空間的な相関があるかどうか、高精度ライブイメージングの活用により明らかにする。 これらの研究の進展により、物理ストレス応答について、分子レベルでの定量的パラメータが得られるとともに、実験の実計測と数理モデルの連携から、新しい力学的情報伝達機構の理解に繋がることが期待できる。
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