研究領域 | 情報物理学でひもとく生命の秩序と設計原理 |
研究課題/領域番号 |
20H05537
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研究機関 | 九州工業大学 |
研究代表者 |
小松 英幸 九州工業大学, 大学院情報工学研究院, 准教授 (90253567)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 細胞骨格 / 熱測定 / エネルギー収支 / 重合・脱重合 |
研究実績の概要 |
細胞活動では,細胞骨格の重合,脱重合,束形成とネットワーク形成が起こっている.これらの過程は,生体分子の離合集散をともなうエネルギー的に大きな変化である.これらの動態のエネルギー変化の実態を記述するために,本研究では,細胞骨格タンパク質とその結合因子間の相互作用と,それに引き続き起こる離合集散過程の熱量変化の測定を進めている.熱量測定は,一般に結合熱測定に用いられる等温滴定熱測定を使用し,ノイズが大きい微小な熱量の解析には,特異値分解によるノイズ低減を行なった. 1.微小管と安定化因子の等温滴定熱測定. 微小管と低分子安定化因子(パクリタキセル)の結合は,発熱反応(エンタルピー駆動)であった.一方,微小管とタンパク質安定化因子(タウ)との結合は,吸熱反応(エントロピー駆動)であった.低分子因子とタンパク質因子では,安定化のしくみがことなることが示唆された.さらに,予め低分子因子(パクリタキセル)で安定化した微小管とタウの結合では,結合熱に遅れてゆっくりとした発熱が観測された.2つの因子によって微小管の重合状態が変化したと仮定すると,ゆっくりとした発熱は,微小管尾離合集散にともなうものかもしれない. 2.アクチン繊維と安定化因子の等温滴定熱測定. アクチン繊維と低分子安定化因子(ファロイジン)の結合は,発熱反応(エンタルピー駆動)であった.また,結合熱に遅れてゆっくりとした発熱が観測された.低分子因子(ファロイジン)によってアクチンの重合状態が変化したと仮定すると,このゆっくりとした発熱は,アクチンの状態変化によるものと考えられる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度までに,アクチン繊維と微小管の安定化因子の等温滴定熱測定を実施し,アクチン繊維と安定化因子の結合は発熱反応(エンタルピー駆動)であった.一方,微小管と安定化因子の結合は,因子により,吸熱反応(エントロピー駆動)と発熱反応(エンタルピー駆動)で異なっていた.これらは,新規の知見として報告する予定である.この研究過程で,アクチンと微小管などの細胞骨格タンパク質の調製および等温滴定熱測定を再現性良く実施できる研究環境を整え,今後の研究遂行の基礎が確立できた. また,熱量データ解析のためのソフトウエアについても調査や使用法の確立を進めることができた.特に,微量な熱を測定するためのノイズ低減に用いる特異値分解による方法は,実際のデータ解析に用いることができた.また,等温滴定熱測定で得られた結合等温線を解析するための,ベイズ推定を応用したカーブフィッティングも着手している. さらに,細胞骨格タンパク質と因子間の相互作用の等温結合熱測定において,結合熱の後のゆっくりとした熱の変化を見出した.これは,アクチン及び微小管の重合・脱重合にともなう熱量変化を捉えている可能性がある.もしそうならば,細胞骨格タンパク質の重合・脱重合の熱量変化を直接,リアルタイムで観測した初めての例になる.そして,本研究の目的に向けて,現在進めている手法が有効であることを示していることになる.
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今後の研究の推進方策 |
本年度は,動態①~④について等温滴定熱量計を用いて熱測定する. ①アクチンモノマーの重合,②アクチンフィラメントの脱重合,③チューブリンダイマーの重合,④微小管の脱重合 <熱測定> 重合/脱重合因子(コフィリン,サイトカラシンB,コルヒチン)をアクチン/チューブリンに対して滴定する熱測定を実施する.熱測定と同じ条件で,試料の重合度を遠心法または暗視野顕微鏡法で確認する. <データ解析> 1 回の滴定ごとに,滴定した因子の結合熱と,細胞骨格タンパク質の重合/脱重合にともなう熱が観測され,前者は速い相の熱,後者は遅い相の熱として得られると予想している.サーモグラムの解析には,特異値分解を用いたピーク分離法を採用する.分離した速い相の熱と遅い相の熱を,滴定因子の量に対してプロットし,“結合等温線”を得る.速い相の等温線に対するカーブフィッティングにより因子の結合熱を求める.遅い相の等温線に対しては,重合/脱重合過程のモデルに対するカーブフィッティングから,重合/脱重合の熱量を算出する.カーブフィッティングには,ベイズ推定を利用したソフトウェアを用いる予定である. さらに,ATP/GTP 加水分解の細胞骨格動態変化の熱測定への影響についても調べる.アクチンフィラメントとチューブリンの重合および脱重合は,ATP またはGTP の加水分解をともなうので,アクチンフィラメントとチューブリンの重合および脱重合の熱の出入りに加えて,ATP 及びGTP加水分解のエネルギーの出入りが,熱として観測できると考えられる.ATP/GTP加水分解のエネルギーの寄与を調べるため,それぞれの重合・脱重合過程の熱測定を,ATP またはGTP 存在下と非加水分解のATP またはGTP アナログ存在下で実施し,比較する.
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