真核細胞では,線維状に集まったタンパク質(アクチンと微小管)が網目や管を形成し,細胞骨格と呼ばれる.これらのタンパク質は,細胞の構造を支えるだけでなく,離合集散し,運動,変形や細胞内小器官の配置などダイナミックな活動に関わっている.細胞骨格の離合集散(つまり重合/脱重合)では,大きなエネルギーの出入りが生じているが,その内容は不明である.本研究では,アクチンと微小管の重合にともなう熱の出入りを測定し,エネルギー収支の内容を明らかした.重合の程度(重合しているタンパク質と脱重合しているタンパク質の濃度比)から重合に必要なエネルギー量(自由エネルギー変化)が,熱の出入りから重合にともなって変化したエネルギー量(エンタルピー変化)が,分かる.さらに,これらの差から,重合によりタンパク質と置かれている環境の乱雑さがどの程度変化したか(エントロピー変化)(乱雑になるほど反応が進みやすい)を知ることができる. まず,微小管の重合状態を,微小管を抗がん剤などで使用されている薬物と細胞内に存在するタンパク質で安定化させたときの熱測定を実施した.その結果,微小管を薬物により安定化する場合はエンタルピーで重合が進み,タンパク質で安定化する場合はエントロピーで重合が進むことが分かった.つまり,生体内で重合している微小管は,乱雑さを増していて,硬い管ではなく,動的な管ではないかと考えられる.次に,アクチンに,重合状態を安定化する薬物を加えて,重合が進む際の熱の出入りを測定した.生理的塩濃度では,エンタルピーで重合が進んだ.また,このとき,ATP加水分解による熱発生も観察された.これらの結果により,理論的研究と重合の温度依存性の実験結果を,直接熱測定により裏付けることができた.細胞骨格の重合の熱が測定できたことで,今後,細胞運動にともなうエネルギー収支の定量的議論が可能になると期待される.
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