研究領域 | 情報物理学でひもとく生命の秩序と設計原理 |
研究課題/領域番号 |
20H05543
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研究機関 | 電気通信大学 |
研究代表者 |
中根 大介 電気通信大学, 大学院情報理工学研究科, 助教 (40708997)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | IV型線毛 / シアノバクテリア / 光学顕微鏡 / ダイナミクス / 走光性 / 情報伝達 |
研究実績の概要 |
細菌という小さな生命体であっても高度な情報理機構をもつことが知られている。本研究では「走光性」という現象に注目する。走光性システムをもつ細菌に光を照射すると、光に向かって動くことが知られている。ここには「光の向きを認識する」という過程が含まれている。細菌には「眼点」は存在しない。では、なぜ彼らはこのような高度な情報処理ができるのだろうか?ここで我々は光の照射を制御した際に細菌1個体がどのように動き回るのか、特殊な光学顕微鏡下で詳細な観察を行った。 2020年度は、様々な波長の光を横方向から照射し、そのときの細胞動態を波長の長い帯域の光できるように光学顕微鏡をセットアップした。新しい実験材料に挑戦し、綺麗な走光性応答を示す細菌種を発見した。この種は正の走光性と負の走光性どちらの応答も指向性が高く、また、光照射により、正と負を切り替えることが可能であることを見出した。自然環境では正の走光性と負の走光性という真逆の応答を、まわり光の変化に応じて上手に切り替えていると考えられるが、これまでこのような切り替えを実験室環境で上手に観察する方法は見つかっていなかった。この応答性を詳しく調べることで、細菌個体レベルの「光」情報処理の過程を明らかにできると期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年10月に現所属である電気通信大学へ異動し、自身が主催する研究室を立ち上げることとなった。研究室は代表者の単独運営であるため、これまで使用していた機器類をすべて移動させ、新しいセットアップをすべて代表者自身が整備した。これに予定よりも時間を要することとなった。2020年度末には、細菌の培養と維持、基本的な顕微鏡が整備できたため、2021年度から配属される学部生とともに研究を実施する状況を整えることができた。本研究では、研究材料として光応答性の原核生物を用いた。2020年度には研究対象として Synechocystis sp. PCC6803 を用いた。この種は10年以上前にゲノムが解読された単細胞性のシアノバクテリアのモデル生物であり、変異株の作製等が比較的容易なことから実験材料として適している。しかし、このバクテリアの正の走光性と呼ばれる光源へ向かう応答はとても複雑であることが知られており、これが解析を難しくしている。そこで、新しい研究材料にも挑戦することで、この点を克服した。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度は、光応答性をもつ別の原核生物を研究対象として、Thermosynechococcus vulcanus を用いる。この種の走光性応答は非常にきれいであり、指向性・応答の速さに優れている。ただ、この種の至適温度は45℃であるため、高温でも光学顕微鏡下の観察が可能であるように光学顕微鏡のセットアップを修正する。この走光性に関与する光受容タンパク質はすでに同定されているが、どのように走光性に関与するかは不明である。そこれ、光受容体の専門家に研究協力者として参画していただき、研究を進めることで、多様な変異株リソースを利用し、相互補完的な研究が展開可能させる。走光性という生命現象に注目すれば、刺激の入力操作が驚くほど容易になる。光学顕微鏡下で細胞を固定化し、運動装置の動態、すなわち細胞の出力応答を観察できる実験系を構築する。このとき、単純に光をONにするだけで運動装置が活性化し、逆に光をOFFにすれば運動装置は不活化することができる。この応答のタイムラグの分布を見れば、細胞内でどのようにシグナルが伝達されているのか予想をすることが可能である。走化性を調べるときのように、特殊な化学物質や溶液交換の必要もない。光を明滅させること、複数の波長を同期して照射すること、さらには細胞の一部分だけに光を照射すること、これらいずれの操作も可能となる。これは走化性におけるリガンド操作として考えることもできる。走光性の情報伝達も一般的なバクテリアの走化性と同様に二成分制御系に依存している。本研究で得られた実験結果をもとに、これまで走化性応答をモデルとして研究されてきた理論を「光」情報処理へと拡張する。
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