精巣は長期にわたり精子を産生し続けます。これは幹細胞が自分自身を作る「自己複製」と精子を作る「分化」をバランスよく行う事で保証されています。精子幹細胞は非対称分裂により自己複製と分化のバランスを1対1に保つと考えられてきましたが、近年哺乳動物精巣の精子幹細胞は非対称分裂をしないこと、そして自己複製と分化のバランスが1対1でなく確率的であることが分かってきました。精子幹細胞の運命は多様で予測困難です。精子幹細胞の密度もまた多様です。しかしながら、なぜか精子幹細胞は時間を越えて安定して保たれます。本研究の問いは、精子幹細胞を安定して維持するメカニズムが、何なのか?ということでした。 幹細胞生物学において組織幹細胞の微小環境ニッチの実体が何か?という問いに対し遺伝子レベルで多くのことが解明されてきました。一方、幹細胞のダイナミックな密度変動はほぼ手つかずのままでした。細胞集団の密度を安定化する機構を理解するために、本研究は細胞定量計測と数理生物学的手法の融合により理解を試みました。 これまで幹細胞の密度は常に一定であると考えられてきましたが、幹細胞の密度を実際に定量することで、幹細胞集団の密度は約9日周期で増減を繰り返すこと、さらに、幹細胞密度の周期特性が自己複製因子の発現量とよく相関することを予備的に発見しました。精子幹細胞は周りに存在する分泌性の自己複製因子を取り込むことで細胞分裂し数を増やす、一方取り込みが少ない細胞は分化することが予想されました。現在、細胞密度の実測値を元に数理モデルを立て、シミュレーションすることで、幹細胞の時空間的な密度変動ダイナミクスを理解することを試みています。幹細胞密度は常に一定ではなくダイナミックに変動して動的平衡を保つという独自の予備的な発見は、ホメオスタシスがどのように幹細胞に維持されているかについて、新しい概念を提唱する可能性があります。
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