器官固有の形がどのように形成されるか、器官を超えた共通な形態形成則はあるだろうか、という問いは生物学における未解決課題の一つである。近年の計測技術の進歩は、発生プロセスの観察を可能とし、それにより組織動態(連続体としての変形、応力分布、構成則)や細胞動態(再配列、分裂方向、大きさ・形の変化)を定量的に記述し、異なる階層の変数を比較することが可能となってきた。私たちはこれまで、主にニワトリ胚を用いて、前脳や心臓の初期発生過程を対象に、4D計測と組織・細胞動態の定量解析を行ってきた。その結果、前脳、心臓ともに、(増殖の空間非一様性というよりはむしろ)上皮シート内の細胞集団が、特定の方向にバイアスした再配列を起こすことが、器官固有の形態を決める主要因子であることが明らかとなった。また、レーザー破壊実験やミオシン活性・F-アクチンの配向性を調べることで、細胞集団の再配列の方向は組織内応力と強く相関していることが分かっている。上記を踏まえ、本研究では上皮形態形成における構成則を明らかにすること、また非破壊的に応力分布、組織変形、形態変化を予測するための手法開発を目指した。
2021年度は、前年度に引き続きニワトリ胚の前脳初期発生過程における各ステージの3次元形態のポリゴンデータを用いて連続体力学シミュレーションを行った。前年度に、シミュレーションから予測される応力分布と実験的に観測されたミオシンシグナル活性の配向性との整合性を確認し、シミュレーションが一定の妥当性を持つことを裏付けた。2021年度は、応力-曲率-変形の配向性の間の関係性を解析し、実験データと整合する構成則を仮定して形態形成シミュレーションを行った。その結果、観測される形態変化を再現できることを確認した。今後は理論上可能な複数の構成則を想定してシミュレーションを行い、得られる形態変化の比較解析の後、論文にまとめ投稿する。
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