我々は生体膜の2分子膜液晶(Lα)相と膜が3次元的に規則的に配列するキュービック(Q)相の間の相転移が静電相互作用により起こることを初めて見出し、その後系統的な研究を進めている。最近、中性でL_α相を形成する20%ジオレオイルホスファチジルセリン(DOPS)と80%モノオレイン(MO)の混合膜の多重層リポソーム(20%DOPS/80%MO-MLV)の水溶液のpHを下げていくと、pHが2.9以下のときにL_α相からQ相(Q^<224>相)への相転移が1時間以内に起こることを発見した。本年度は、SPring-8やフォトンファクトリー(PF)のような放射光施設の強力なX線装置を用いて、この相転移のキネティックスを研究した。 中性で作成した20%DOPS/80%MO-MLVのけんだく液と低いpHの緩衝液と混合して酸性のMLVのけん濁液(脂質濃度は10mM)を作成し、その膜の構造や相が時間ともにどのように変化するかを調べた。混合後のけんだく液のpHがpH2.6のときは、4分後にはヘキサゴナルII(H_<II>)相の大きなピークとQ^<224>相の弱いピークが出現し、その後時間とともにQ^<224>相のピーク強度は増加するとともにH_II相のピーク強度は減少し、60分後にはH_<II>相のピークは消滅しQ^<224>相のピークのみになった。結論をおろすためには更なる詳細な実験(相転移のキネティックスのpH依存性など)が必要であるが、以上の結果は、DOPS/MO膜の静電相互作用変化に基づくL_α相からQ相への相転移では、まず中間体としてH_<II>相が出現し、それからQ相へ構造が転移することを示唆している。以上の結果に基づいて、この相転移のメカニズムを考察した。
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