我々は生体膜の2分子膜液晶相(L_α相)とキュービック相(Q相)の間の相転移が静電相互作用により起こることを初めて見出し、その後系統的な研究を進めてきた。最近、中性でL_α相を形成する20%ジオレオイルホスファチジルセリン(DOPS)と80%モノオレイン(MO)の混合膜の多重層リポソーム(20%DOPS/80%MO-MLV)の水溶液のpHを下げていくと、最終pHが2.9以下のときにL_α相からQ_<11>^D相(Q^<244>相)への相転移が1時間以内に起こることを発見した。この相転移のメカニズムやキネティックスパスウエイを解明するために、SPring-8やPFの放射光を用いて、膜の構造変化を時分割X線小角散乱(TR-SAXS)により研究した。 まず、中性の緩衝液中で作成した20%DOPS/80%MO-MLVの懸濁液と9倍量の低いpHの緩衝液を自作の二液混合装置を用いて急速に混合し、その後の膜の構造変化をTR-SAXSにより測定した。5%(w/v)のポリエチレングリコール6000(PEG-6K)存在下で最終pHが2.6から2.9の時は、混合後2-10秒以内にL_α相のピークが消失するとともにヘキサゴナルII(H_<11>)相のピークが成長し、30-90s後からQ <II>^D相のピークが現れ始め、その後ゆっくりとH_<II>相からQ_<II>^D相への相転移が起こり、15-30分以内でH_<II>相のピークが消失した。この実験結果から、低いpHが誘起するL_α相からQ_<II>^D相への相転移では、まずL_α相から急速にH_<II>相に相転移し、その後ゆっくりQ_<II>^D相へ相転移することがわかった。さらにこの相転移の後半の過程であるH_<II>相からQ_<II>^D相への相転移の速度定数を特異値分解法により求めた。これらの結果に基づいて、低いpHが誘起するL_α相からQ_<II>^D相への相転移のメカニズムを考察した。
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