本年度は、大きく分けて2種類の課題を掲げて研究を行った。1つは、単一高分子鎖の粘弾性スペクトル計測技術を用いて、外力によって分子内に誘起される構造相転移が、粘弾性スペクトルにおいてどのような影響を及ぼすかを実験的に検証できないかというものである。これは、タンパク質の構造相転移の問題をごく単純化したモデルと考えることが出来る。単純な相転移構造として、ピラノース環1種類のみを持つ分子であるデキストランの単一分子鎖に、原子間力顕微鏡(AFM)の探針で張力を加えながら引き伸ばし、粘弾性スペクトルを計測した。実験は、スペクトル計測中に分子を安定に保持するのが非常に困難であり、得られたデータの再現性向上が必要であるので、来年度以降の課題としたい。しかし、周波数による粘弾性スペクトルの形状には、ある程度理論計算と合致する傾向が見え、また、外力による構造相転移に伴って、分子鎖の弾性・粘性ともに一時的に低下する傾向が、少なくとも低周波域では有意に観測された。今後はより精度と安定性を高めるよう測定法の改良を試みる予定である。 もう1つは、周波数掃引による現在の測定法と相補的な粘弾性スペクトル計測法として、ステップ応答の手法が使用できないかを検証する研究である。今年度の成果ではまだ計測法として粗いため、単一高分子に応用する段階まで至っていないが、将来の発展の可能性を見出せる段階までは漕ぎ着けることができたため、論文および国際学会で発表した。
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