磁性金属元素を含まず、伝導電子と局在スピンの両方を有機分子が担う、新しいタイプの磁性-導電性物質を開発し、そのスピン依存伝導のメカニズムを明らかにすることを目的として研究を行った。本年度は、すでに巨大磁気抵抗を示すイオンラジカル塩や中性分子結晶を与えることが見出されているTTF系ドナーラジカルについて、さらに詳しく解析を行うとともに、これらをリード化合物とする物質改良を進めた。特に、中性結晶にも関わらず高い導電性を持ち、巨大磁気抵抗が観察されているBTBNについては、その導電性の起源と磁気抵抗挙動を理解するため、光電子分光の計測を行うとともに、バンド計算を行った。その結果、結晶中でπドナー部の積層する構造が価電子帯を形成し、ラジカル骨格部分がアクセプターとなってセルフドーピングすることで導電性が発現する事が明確になった。この結晶の巨大磁気抵抗の発現温度は30K以下であるが、単一成分で、かつ溶液の塗布により得られる微結晶薄膜で巨大磁気抵抗を発現しており、「プリンタブルな磁気抵抗素子」を、ある意味で実現しているといえる。この成果を基盤とし、分子構造の改良を加えていくことで、近い将来常温で動作する系を実現することも可能と考えられ、有機エレクトロニクスの観点からも、スピンエレクトロニクスの観点からも大きなブレークスルーとなる重要な成果であると考えられる。 一方、分子改良としては、主に導電性の向上を図るべく、ドナー骨格中の硫黄原子を、より原子半径の大きいセレンに置き換えた分子の合成を進めた。これらの分子は、いずれも硫黄原子を持つものに比べて高い導電性と低い活性化エネルギーを持つ事が示され、今後さらに詳細な物性の検討を行う予定である。
|