蛋白質が担う分子機能を物理化学的に理解するには、蛋白質分子の協奏的な揺らぎを調べることが重要である。X線結晶回折データは、Bragg回折と散漫散乱に分けられる。蛋白質の協奏的揺らぎは、散漫散乱データに含まれる。しかし、その解析方法が確立されていないため、X線散漫散乱は、蛋白質の結晶構造解析では通常無視される。本研究は、X線散漫散乱データを利用して蛋白質の機能解析を行うため理論基盤を構築することを目的とする。平成21年度は、次の成果を得た。 1. 理想系での取扱として、蛋白質分子の基準振動解析を行い、その結果から蛋白質結晶のX線散漫散乱データをシミュレートした。大きさの異なる4種類の蛋白質'(T4リゾチーム、マルトース結合蛋白質、ABC蛋白質MalK、グルタミン酸脱水素酵素)を用いて解析を行ったところ、分子サイズの大きく揺らぎが大きい蛋白質結晶では、散漫散乱強度が大きいことが明らかになった。さらに、結晶内のsolvent channelに存在する水からのX線散乱の影響を、バルク水の分子動力学計算結果を利用して見積もった。その結果、蛋白質の集団運動に由来する散漫散乱と同じ散乱方向(Q~3A^-1)付近に、水の散乱が現れることが分かった。現在、実験データ解析において、蛋白質からの散漫散乱と水からの散乱を分離するための理論的枠組みを構築中である。 2. X線散乱実験ではCCDイメージ検出器が通常用いられ、測定データは、ピクセル毎の積分値で離散化されたX線散乱強度である。しかし、実験データ解析では、積分値ではなくピクセル内のある1点での散乱強度として解析されることが多い。我々は、Shannonのサンプリング定理を利用して、ピクセル毎の積分値で離散化されたX線散乱強度と、ピクセル内のある1点でのX線散乱強度を、相互に変換する理論を開発した。開発結果は現在投稿準備中である。
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