嗅覚系は外界の匂い分子を受容し、その情報を脳へと伝達することによって、匂いイメージの形成による感覚認識とともに、内分泌・情緒・行動などの総合的変化を引き起こす重要な神経システムである。1991年のBuckとAxelによる嗅覚受容体遺伝子群の発見が契機となり、その後、嗅覚研究は飛躍的に発展してきた。特に嗅上皮の嗅細胞における嗅覚受容体の発現様式(1嗅細胞―1嗅覚受容体ルール)、嗅球への軸索配線パターン(同-嗅覚受容体発現嗅細胞の特定糸球体への軸索集束)、さらには嗅球における『匂い地図』の存在が証明され、鼻から脳の入口までに至る一次嗅覚神経系の匂い情報コーディング様式については、かなりの部分が解明されてきた。このような一次嗅覚神経系において、中心的役割を果たす分子が嗅覚受容体である。匂い情報の入力・脳への伝達を司る嗅細胞で発現する嗅覚受容体は、匂い分子受容・遺伝子発現制御・軸索ガイダンスという3つの異なった機能を果たすべくモーダルシフトすると考えられている。本研究課題では、これらの研究を推進継続するとともに新たな問題(「1嗅細胞―1嗅覚受容体ルール」の分子メ力ニズム解明)にも挑戦し、匂いセンサーである嗅覚受容体の機能的モーダルシフトに焦点を当てて、分子・細胞・シナプス・神経回路・システムさらには行動レベルでの統合的解析を行った。平成21年度においては特に、嗅覚受容体の機能発現・モーダルシフトを調節する重要分子であると予想される嗅細胞特異的新規ゴルジ膜蛋白質#123の機能解析を行った。#123遺伝子欠損マウスを作製し、電気生理学的に嗅上皮における匂い応答を測定したところ、野生型マウスに比べて著しく減弱していることが分かり、#123分子の嗅覚反応における重要性が示唆された。またT-box転写因子Tbr2の嗅球投射ニューロン(僧帽・房飾細胞)特異的ノツクアウトマウスを作製し、嗅球における層構造・分子発現の異常を見出した。
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