半導体中に高密度に光励起された電子正孔系は、電子正孔対の密度、温度によって励起子ガス、電子正孔プラズマ、電子正孔液体といった多彩な相を示す。電子と正孔の複合ボース粒子である励起子は、十分低温かつ高密度下で励起子ボースアインシュタイン凝縮(BEC)を起こすことが期待され、多くの研究がなされてきたが未だ実証には至っていない。その一つの原因は、励起子が十分高密度になると、多体効果によって励起子が不安定化し構成粒子である電子と正孔に乖離し、電子正孔プラズマへと移行してしまうことにある。この電気的に中性な励起子ガスから金属的な電子正孔プラズマへの移行、いわゆる「励起子モット転移」の機構を明らかにすることを目的として、半導体Siの励起子を対象に光励起テラヘルツプローブ分光を行い、モット転移濃度近傍での励起子の安定性、電子正孔間クーロン力のプラズマ遮蔽効果を調べた。まず、約3THzにあるSiの励起子内部遷移(1s-2p遷移)の観測を通して、1ナノ秒以下の時間領域で光生成された自由な電子と正孔から励起子が形成される様子を観測した。その結果、励起子形成には200ps程度の比較的長い時間を要していることを初めて見出した。この励起子形成時間について、バンド内及びバンド間フォノン緩和機構を考慮したシミュレーションを行い、励起子形成時間が光励起された電子系がフォノン緩和により冷却する時間を反映していることを明らかにした。次に、電子正孔対の密度の関数として励起子1s-2p準位間エネルギーを調べた。その結果、平均場近似から予測される励起子モット転移濃度の高密度側、即ち金属相側でも励起子吸収が残存し、さらに1s-2p間遷移エネルギーが低密度極限の位置のままあまり変化していないことがわかった。この結果は、励起子束縛エネルギーが密度の上昇とともにプラズマ遮蔽効果により連続的に減少し金属相へと移行するという従来の描像とは異なるものである。
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